第十章 君に会うために
夜の屋上。
街の明かりが少しずつ灯り始めていた。
高橋悠斗は、まだ信じられない気持ちで美月を見ていた。
「……俺に会うため?」
美月はゆっくりうなずいた。
風が吹く。
彼女の長い髪が揺れる。
「覚えてない?」
悠斗は首をかしげた。
「何を?」
美月は少し笑った。
でもその笑顔は少し寂しそうだった。
「小学校」
悠斗の記憶が揺れる。
遠い昔。
まだ小さかった頃。
美月は言った。
「私」
「小学校三年生のとき」
「この街に住んでた」
悠斗の目が少し大きくなる。
「え……」
美月は続けた。
「でも」
「すぐ引っ越した」
「父の転勤で」
悠斗の頭の中で、ぼんやりした記憶が浮かび始める。
桜の公園。
ブランコ。
夕方。
そして。
泣いていた女の子。
悠斗は小さく言った。
「……あ」
美月は優しく笑った。
「思い出した?」
悠斗は驚いていた。
「公園の……」
「うん」
「あの子?」
美月はうなずいた。
「悠斗くん」
「覚えてないかもしれないけど」
「私、あの日泣いてた」
悠斗の記憶がはっきりしていく。
確かに。
泣いている女の子がいた。
「転校するのが嫌で」
美月は言った。
「でも」
「悠斗くんが言ってくれた」
悠斗は静かに聞いていた。
美月は言った。
「また会えるよ」
「桜が咲く頃に」
風が吹く。
夜の屋上。
悠斗は思い出した。
確かに言った。
小さい頃。
何気なく。
でも。
その言葉を。
「……覚えてたの?」
美月は微笑んだ。
「ずっと」
悠斗の胸が熱くなる。
「だから」
「この高校に来たの」
「悠斗くんがいるって聞いて」
悠斗は言葉を失っていた。
そんな昔の約束を
覚えていてくれたなんて。
美月は少し恥ずかしそうに言った。
「でも」
「会ったとき」
「覚えてなかったから」
悠斗は苦笑した。
「ごめん」
美月は首を振った。
「いいの」
「今思い出してくれたから」
二人の間に静かな空気が流れる。
夜風。
星。
遠くの街の光。
悠斗は言った。
「美月」
「なに?」
「好きだ」
今度は迷わなかった。
美月の目が少し潤む。
そして。
小さく笑った。
「知ってる」
その瞬間。
美月は一歩近づいた。
距離が近い。
心臓が速くなる。
美月は言った。
「悠斗くん」
「なに?」
「約束」
「なに?」
美月は少し顔を赤くした。
「桜が咲く頃」
「また会えたね」
悠斗は笑った。
「うん」
そして。
そのまま。
二人の距離は
ゆっくりと近づいた。
夜空の下。
桜の季節。
二人の恋は
やっと始まった。




