26.いろはの話(10)
衝撃的な映像が突然流れた事により国内はこの話題で持ちきりになった。
テレビが元に戻った後も拡散され続けている。
次の日から、どのチャンネルでもジャックされた事から話題を逸らすように、シルエの行動や海水についての特集を朝から繰り返すばかりだった。
意図せず発信源となってしまったサムとパールは、ディスクを手にいろはを尋ねることにする。
まだ治療中だが、内容が内容なだけに話しておく必要があると思った。
何かあると怪しむセヴァを何とか保育園へ送り届け、サムとパールはスーカを連れていろはの病院へ向かった。
「……いろは君、こんにちは〜。」
恐る恐る病室へ入ると先客が一人。
身体が大きな男性がベッドの脇に座り、りんごの皮むきをしている。
小さなうさぎがお皿に並んでいた。
「サムさん、パールさん!来ると思ってたよ!どうぞ!」
いろはがにっこりとしながら言うと、見知らぬ男性が奥から椅子を2脚用意してくれる。
「あ、ありがとうございます……」
「その様子だと、うまくいったみたいだね。驚いたでしょ?」
椅子に腰掛けた瞬間にいろはが軽い調子で言う。
「さ、さぁ、なんのことだか……」
キョロキョロと落ち着かないサムは、データディスクの事を聞きに来たのに思わず嘘をついてしまった。
「フフフ、大丈夫だよ。この人全部知ってるから。」
「はじめまして。管理総監のキムラです。」
2人はギョッとした。
この身体の大きな男性は管理総監だと言う。
国の治安を守る警察をまとめる『国家秩序管理局』のトップだ。
どうして偉い人がこんな所でりんごを剥いているのだろうか。
「「はじめまして……」」
サムとパールは何がなんだか分からず、挨拶することしかできない。
「僕はサムで、こちらが妻のパールです。
彼の父とは昔からの友人で……その……」
言い淀んでいるといろはが明るい調子で言う。
「僕を助けてくれたパパの親友だよ。
2人とも研究所の職員なんだ。」
「貴方がたが噂のご夫妻。
いろはさんを助けてくださり感謝申し上げます。
我々の不手際で、大変ご迷惑をおかけしました。」
『噂のご夫妻』とは。何がどこで噂になってるんだろうかとぐるぐる考えながら、頭を下げるキムラさんとお互いにお辞儀をし合う。
「色々聞きたいことがあるだろうけど、渡したディスクの中はもう空っぽだよ。
探しても何も出てこない。発信源も特定されない。そういう風に僕が ”書き換えた” 。」
「いろはさん。そういう事は、事前に私に話しておいてくださらないと。」
ため息をつきつつ、りんごを剥き続けるキムラさん。
「ごめんごめん、時間がなかったんだ。
まさかあいつがパパを海につき落とすなんて考えもしなかったから。
絶対に許せなかった。
まあ、僕まで部屋に閉じ込められるとは思ってなかったけどね!
念のためにパパの服のボタンにカメラを仕込でおいて大正解だったよ!ワハハ!」
……この子は本当にセヴァと同じ歳の子供なのだろうか。
5歳にもなっていない子供のものとは思えない言動に、2人はだんだん怖くなってきていた。
「キムラさんはね、おばあの元教え子なんだよ。
連絡したら色々と協力してくれたんだ。」
「あなたが持っているディスクは、いろはさんの言う通り調べてももう何も出てきません。
使用した通信機器も同様でしょう。
ディスクは、次の資源回収の日にゴミとして出してください。
どうぞ。」
キムラさんに差し出されたりんごを、2人は言われるまま無言で頬張る。
「いろはさんは退院後、スマラグさんの意識が戻るまで、お祖父様とお祖母様の元で生活する事となりました。
お祖母様が以前に手回しをしていて下さったおかげで滞りなく手続きが済みました。
さすがです。」
「はぁ、やっとあのクズから解放される!
どうしようもないクズだったけど、あいつのお陰で膿出しができたでしょ。
ゴミは一掃できた?」
「はい。大体は。
しかし、信者がまだ多数居るようで逃げ回っています。
もう少し時間がかかりそうです。」
「隠れた信者がまだいたかぁ。
まあ、もう大丈夫でしょ。シルエを抑えていれば、勝手に居なくなる。
シルエをダシに、機能していなかった部分を僕がちょっとつついただけ。
わかりやすい見せしめがないと動けなかった、君たちもどうかと思うよ。やり直しだね。」
「それに関しては何の言い訳もできません。」
上司と部下のやり取りを聞いているような内容だが、眼の前に居るのは大人と4歳児だ。
2人の話によると、シルエだけでなく、新たな逮捕者が何人も出た。
保護施設の職員、警察官など、この事件を隠蔽しようとした人物らが一斉に明るみに出た。
これらの人々はシルエに洗脳されており、良いように使われていたのだ。
何度通報しても、相談しても取り合ってもらえなかった理由はここにあったのだ。
保育士が何人も退職などに追い込まれたのも、園長らが関わっていたからだろう。
今回の事件をきっかけに、児童保護のシステムを根本的に見直す事になったという。
個室なので特に周りに気遣う必要もないが、開けっ広げに話し続ける2人の横で、サムとパールは大変居心地が悪かった。
キムラさんがお茶のおかわりを淹れようと立ち上がった隙に、捨てて良いと言われたディスクについて、サムは再度確認する。
「いろはくん……本当に、これは君がやったのかい?
キムラさんかスマラグが、このディスクを用意したというわけではなく?」
「うん、僕が用意した。詳しくは説明できないから聞かないで。」
「いろはさんはやる事が派手すぎます。
あんな文書など、どこから集めてきたんですか?これからは少々控えてくださいね。」
キムラさんが呆れたようにいろはを諭す。
「はーい。
でも、サムさんとパールさんしか僕には居なかったから。
今回の事は、驚かせちゃってごめんなさい。」
そう言ってごめんなさいする姿は、セヴァと同じ4歳児に見える。
「僕たちを頼ってくれてありがとう。
でも、次に何かあればもっと早めに言ってほしい。頼りないかもしれないけどね。」
「僕はずっと頼りにしてたよ。
……ふぅ、これで思う存分セヴァと遊べるね!」
「セヴァはずっと心配していたよ。
保育園も行きたくないと、いろは君に会いに行くと言って毎日大騒ぎだ。
退院したら、またうちに遊びにおいで。」
「うん!絶対行く!」
といろはが返事をしたところでスーカが目を覚まし、ぐずり始めた。
「その赤ちゃんがスーカだね!はじめまして。スーカ。」
サムは泣いているスーカを籠に入れたままいろはの側へ連れて行く。
「かわいいね。元気な泣き声だ。えらいね!」
といいながらスーカの首の後ろに手を滑り込ませる。
優しくひと撫ですると、すぐに泣き止んだ。
その光景を眺めつつ、サムは一つだけ言い出せず気になっていることがあった。
いろはが閉じ込められていたあの物置部屋は、外側から鍵をかけたとしても、ちゃんと内側から開けられるような仕組みになっている。
子どもたちの遊び場になっていたため、間違って閉じ込められないようにと、何年も前にスマラグの両親が鍵を作り変えたのだ。
これだけ頭が回るいろはが、気づかないという事があるだろうか。
わざと閉じ込められたように見せかけたのか、分からない。
何となく聞いてはいけない事のような気がした。
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セヴァといろはは、この事件をきっかけに以前よりも更に仲良くなった。
サムとパールもいろはが家に遊びに来ると温かく迎え入れ、今まで通り一緒に過ごした。
祖父母に引き取られたいろはは、よく食べ、よく遊び、しっかり眠れるようになった事で、みるみるうちに顔色が良くなり、健康で元気いっぱいの男の子へと変わった。
そして、研究所にも出入りするようになる。
祖母に付きっきりで色々教わっているようだった。
今まで会えなかった時間を取り戻すかのように、祖父母はいろはが望むままに学ぶ機会を与える。
回線をジャックするほどの頭脳を持ついろはだが、熱心で愛情あふれる祖父母の教育が、現代のいろはの様々な研究と発明の礎となっているようだった。
皆がおだやかな日々を過ごすなかで、スマラグだけがベッドに取り残されている。
セヴァが人魚と出会う10歳になる年になっても目を覚ますことはなかった。
意識不明で眠りについたまま、年月だけが過ぎていったのだ。
いろはの話(完)
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次回から、現代に戻ります。
シルエに心酔する人々は『信者』と言うにふさわしい様相を呈していた。
情報番組の恰好の的となり、連日取り沙汰される事となる。
取材に応じた信者達は口々にこう言った。
『これらの出来事は、この星を、人類から取り戻す為に必要な通過儀礼だったのです。
彼らが居る限り、私たちはこの星を救うことができない。』
はじめは皆、面白おかしく話題にしていたが、この信者らを取材した番組が打ち切りとなったり、メインキャスターが突然活動停止を発表したりと、関わった人たちが次々に表舞台から姿を消した。
そうなってくると話題にする者は自然と居なくなる。
この事件はシルエによる『集団洗脳事件』として表向きは処理された。




