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セヴァと人魚の物語  作者: 添木かもめ
2章 -過去-

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19/24

19. いろはの話(3)-パール視点-

(※)本作品には、児童虐待・養育放棄ネグレクトの描写が含まれます。

幼少期の不遇な描写が苦手な方はご注意ください。


綺麗に身支度はされているけれど、痩せ気味で、スマラグと親子揃って青白い顔をした小さな男の子。

保育園の入園式の日に、セヴァと同い年とは思えないほど大人びた挨拶をして、私とサムを驚かせた。

それと同時に、言いようのない不安と、悲しみが襲ってきたのをずっと忘れられない。



式典が始まる前に、いろは君が自分からセヴァの隣に座った様子を見て、少しだけほっとした。

祝辞や説明は一切頭に入ってこなかった。

セヴァといろは君の様子をずっと見ていた。

コソコソと仲よさげに話をしている。可愛い。


そして、いろは君の母親が来ていない事がずっと気になっていた。

遅れて来るのだろうか、体調不良だろうか。

保護者への説明会の日に見た、シルエさんの様子を思い出し胸がざわめく。



私たちを避けて遠くへ座ろうとしていたスマラグは、サムにがっしりと捕まえられ、隣に座らされていた。

「シルエさんは体調不良で来られないの?大丈夫?」

「ううん、元気なんだけど、今日は来る気分じゃないらしいんだ。」

スマラグは、はぐらかしたりはするが嘘はつかない。

「……そう。」

私はそれしか言えなかった。

『気分じゃないから来ない』と平気で言ういろは君の母親のことが本気で理解できなかったからだ。


入園式が終わり、いろは君達も一緒に食事へ行かないかと誘うが、やはり断られてしまう。

帰る直前までずっと子どもたちは手を繋いでいた。

短い時間でずいぶんと仲良くなったようで、2人の姿を見て毛羽立った心が和む。



------|| -----




スマラグとは同じ研究所に勤めているので、セヴァといろは君の登園時間も同じだった。

次の日の朝、駐車場で一緒になり挨拶を交わす。

昨日青白かった顔色が、今日は更に悪くなっているように見える。


「……ちょっと、顔色悪すぎない?ちゃんと休んだ??」

「大丈夫だよ、ありがとう。」

「大丈夫には見えないわよ……!」

子供たちは嬉しそうに手を繋ぎ、正門へ向かって仲良く歩き始めた。

「少し疲れてるだけ、眠れば良くなるんだ。

それにしても、いろはがお友だちとあんなに仲良さそうにするのは初めて見たよ。」

「私たちの子供だもの。きっと、もっと仲良しになるわ。」

「そうだよね、嬉しいな。」

スマラグは、2人を優しい眼差しで見つめていた。




それから2人は、順調に園生活にも慣れていったようだ。

いろは君はセヴァの前だけではよく笑い、よく喋ると、担任の先生から聞いていた。

お迎えの時も必ず玄関までセヴァを見送りに来てくれ、控えめだが、バイバイ、と私にも手を振ってくれる。



ある日、残業で保育を急遽延長してもらった事があった。

延長しても予定の時間ギリギリで、汗だくになりながら走り滑り込みでセヴァを迎えに行った。

流石に今日は一番最後だろう、遅くなってごめんセヴァ、と教室へ急ぐと、いろは君もお迎えがまだのようだった。



セヴァが帰り支度をしているのを遠巻きに見ながら、

「今日はなかなか仕事が終わらなくて……遅くなってごめんなさい。」

と汗を拭きながら軽い調子で、それとなく先生に話しかける。

「大丈夫ですよ!きちんと時間内ですし、いつも通り、2人で仲良く遊びながら待っていましたよ!」

「退勤間際に仕事が入ってしまって、急な延長ですみませんでした。

いろは君のお迎えも ”今日は” 遅れているんですね!」

「いろは君はいつも一番最後のお迎えなんです。」

「……いつも最後なんですか!?」

「ええ、お迎えの時間に遅れてくることもしょっちゅうで……

今日もまだ何の連絡もなくて。」

「それはいろは君寂しいでしょうね。」

「私たちも何度もお母様へ相談しているのですが、なかなか難しく……」

普段からこの先生とは、セヴァと仲の良い彼の事も含め、よく話をするのですんなりと教えてくれた。





ーーーーーーー


月日が経ち、セヴァたちが年中になる頃には、顔色が悪かったスマラグはついに病に伏せ、入退院を繰り返すようになっていた。

それまでお迎えが遅れ気味というだけだったいろは君の状況は更に悪化する。


元々いろは君は痩せ気味で、背も学年で一番低い。

よく熱を出すが、そういった時ですらシルエさんはすぐにお迎えに来ず、いろは君は保健室で待たされているようだ。

そういった状況を何度も見かけるので、ダメ元で「いろは君をうちに連れ帰って看病します」と掛け合った事もあるが、申し訳なさそうに断られてしまった。

セヴァがよく心配しているので、周りの園児にも影響が出てきている事を強調しつつ園に相談しても、状況は変わらなかった。


というのも、高熱を出してもシルエさんが全く迎えに来ないので祖母である所長の奥さんへ連絡、引き渡しをした時のこと。

シルエさんが児童誘拐だ連れ去りだ、と通報し大騒ぎになったのだ。

それ以来、園側は子どもの引き渡しには慎重になっているようだった。



そして明らかに、スマラグが居る時といない時でいろは君の様子が違う。

スマラグが入院中で家に居ない時は、制服が汚れていても、そのままの状態で何日も登園してくる。

入院が長引くと目に見えていろは君はやつれ始め、体の汚れも目立つ。



ここまで来ると母親から虐待を受けていると周りの大人達はもう分かっていた。

しかし訴えていろは君を助けようとした保育士は何人も転勤、もしくは退職で居なくなり、私とサムが行政に通報しても、証拠がない、聞いた話だけでは何もできない、「あなた達、赤の他人でしょう?」と全く動いてもらえなかった。


所長夫婦もちろん動いていたし、何かあれば引き取るとお奥さんが言っていたとサムから聞いたこともあるが、祖父母が関わろうとするとスマラグが出てきて、シルエさんを庇うという。


母親は、虐待を疑われないギリギリのラインを狙っているようだった。

いろは君の身体に暴力を受けたような外傷は見当たらず、スマラグが退院する頃になってようやく身の回りを綺麗に整える。

この状況を楽しんでいるようにさえ見えてくる。

シルエは自分に都合の良い人達を洗脳し、周りの大人を弄ぶ天才であった。




この状況からいろは君を救い出せない事に、私はずっと焦っていた。

セヴァの妹を身ごもっていて、8月の出産月が迫っていた。

5月からの夏期に入ってしまうとこの体では外出も難しくなってくる。

出産した後は生まれたばかりの赤ちゃんを連れていろは君の事で動きまわることはできない。

何か方法はないか、どうしようか、思考だけがずっと空回りしていた。



そう悩んでいた週末のある日、いろは君がセヴァの部屋へこっそりと遊びに来た。

4歳の子供が、明かりが多いとはいえ、夜道を一人で歩いたことは大人としては叱るべきだ。


だが、彼が自分から動いてくれたことで大人も手を差し伸べやすくなる。

手も足も出せなかった状況がこれから一気に動き出しそうな予感がした。

数件先の近所同士だが、暗い中、一人で何とかうちに来てくれた。

何日もお風呂に入っていないであろう体臭と、ほっそりとした子どもの手足を見て、どうして叱れようか。


ひとまずセヴァと部屋で遊ばせておきながら、いろは君の自宅へ電話をかけるが、出ない。

スマラグも入院中だとサムから聞いていたので頼れないだろう。

入院中でなくとも、スマラグへ連絡するつもりはなかった。

心優しかったあの頃の彼はもういない 。

小さな自分の息子すら守れない男のことはもう信用していなかった。


涙をこらえながら、おやつを用意する。

「セヴァ、いろはくん、ちょっと早いけどお風呂入ろうか!」

と声をかけると、2人ともハーイと楽しそうに走ってくる。


身体をきれいにし、おやつを食べさせる。

子ども部屋で遊ばせたあと、お昼寝の時間となったので、2人を一緒にベッドで寝かせる。

絵本を読み聞かせると、仲良くくっついたまま、すぐに眠ってしまった。


そっとリビングへ移動し、もう一度いろは君の自宅に電話するが誰も出ない。

念のため、何かあってはいけないと所長に連絡をし、いろは君を自宅で寝かせていることを伝えておいた。

シルエに連れ去りだと騒がれても構わない。

彼は自分からうちに来たのだし、電話に出ないシルエが悪いのだ。



ーーーふぅ。いろはくんの様子を見ているとご飯もまともに食べさせえもらえてないわよね。

うちで食べさせてもいいわよね。


とソファに腰掛けながら考える。

少し休んでいると、いろは君が起きてきた。

「パールさん、お話があります。」

入園式の時と同じように、すっと背筋を伸ばした男の子が静かに言う。



お読みくださりありがとうございます。

センシティブな内容がまだ続きます。

次回も苦手な方はご注意くださいね。



いろはの話を書くのに、3カ月かかりました。

子供がつらい思いをする話はどうしても筆が進まず、何度も書き直し、本編も進まないのでいっその事書くのを辞めようかと何度も思いました。

しかしこれからの展開で必要になるので、頑張って書きました。

まだしばらく続きますがお付き合いください。

ありがとうございます。

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