18. いろはの話(2)
スマラグの家を尋ねてから少しした頃、サムとパールの間にも子供ができたことが分かった。
セヴァの命が宿ったのだ。
あの後何度かスマラグの家へ行ってみたが、扉が開かれる事は一度もなかった。
サムは何とか研究所内でスマラグを捕まえ、パールの妊娠を報告した。
「……おめでとう!うちの子と同い年になるってこと?
すごい。沢山遊ばせないとね!」
スマラグは仕事中なのに涙を流して喜んでくれる。
「もちろんそうしたいんだけど、家へ行っても全然出てきてくれないじゃないか……」
「週末はいつも出かけてるから、留守にしてたかもしれない。
あと彼女は……、人付き合いが少し苦手なんだ。
僕以外の人とはあまり関わろうとしなくて。でもそこが可愛いんだ。
今は妊娠中で不安定な時期らしくて、彼女を優先したいんだよ。
ごめんね。」
「……そうだよな、パールもつわりが始まってすごく辛そうなんだ。
自分勝手を言って悪かったよ。」
「いいんだ、お互い頑張ろう。本当におめでとう!」
「ありがとう。
あと、さ……僕は君のことをずっと心配している。
その……随分と変わってしまったようだから。
ご両親とも距離を置いてるんだろう?」
「心配?僕はとっても元気だよ!彼女と出会って、今最高に幸せなんだ。
サムが心配するようなことは何もないよ。
僕の両親は少し心配性なところがあってね。
シルエがあまり僕の実家には帰りたがらないんだ。仕方ないよね。
それじゃ、またそのうちね!」
と一気に言うとにこやかに手を振り行ってしまった。
結婚して、子供ができると友達ともこんな距離感になるのかな、と寂しい気持ちになりつつその場を後にする。
ーーーーーーーー
結局スマラグとはまた疎遠になり、出産の報告も間接的に聞くだけで直接祝うことはできないまま、子どもたちは3歳になろうとしていた。
パールはセヴァを通わせる保育園の入園説明会へ来ていた。
保育士からの説明が終わり、あとは展示されている制服や準備品を確認して帰るだけ、という時にシルエがのんびりと入室してきた。
「あらぁ、もう終わっちゃったのね。仕方ないわねぇ。」
特に気にする様子もなく、制服の確認もせずすぐに出ていってしまった。
帰宅後、セヴァと遊びながら待っていたサムにすぐさま報告する。
「スマラグの奥さん、終わる頃に来て何にも確認せずに、すぐに帰っちゃったの!
いろは君の準備、大丈夫かしら?」
「心配だけど、僕らが何度声を掛けたって今まで会わせてもらえなかったんだ。
何かあれば、所長が黙ってないさ。」
こちらを一切拒否するスマラグを、とうとう諦めたサムはそっけない返事をする。
何度も何度もセヴァといろはを会わせようと試みたが、スマラグはのらりくらりと躱し、子どもたちを会わせようとはしなかった。
そして、シルエに心酔するその姿は病的に見えた。
仕事中は穏やかで特に何の異常もないように見えたが、妻の話になると人が変わってしまう。
夢中で妻を褒め称え、話が通じなくなる、と至るところで噂になっていた。
スマラグはいつも人に囲まれる人気者だったのだが、今ではすっかり孤立している。
いったいどうなっているのか、スマラグは大丈夫なのか、と所長に相談したこともある。
「私たちも、数える程しかいろはには会えていない。
何かと声はかけるんだが、いつもはぐらかされてしまってね。
どうしてこうなったのか、私たちにも分からないんだ。
シルエさんに嫌われてるのかもしれない……」
見るからに憔悴した様子の所長はため息をつく。
めずらしく研究所に顔を出していた所長の奥さんは意外とさっぱりしていて、会えないもんは仕方がない、と割り切っている様子だった。
「自分の孫に会いたい時に会えないんだぞ!
こんなに近くに住んでいるのに、月に1度だって会えないんだ!」
「いろはに万が一のことがあれば、すぐにこちらで引き取る手筈は整えてあります。」
そんな物騒な、と所長とサムは一瞬思ったが、スマラグのお母さんは昔から現実的で、自分たちみたいに影でうじうじする人ではなかった。
何でもテキパキと整え、やることに間違いも迷いもない。
お母さんに任せておけば安心だろうとサムは思った。
ーーーーーーーーー
1月のはじめ、入園式の日がやってきた。
12月に3歳になったばかりのセヴァは、他の子よりも少し体が小さい。
活発に走り回る沢山の子どもたちに目を白黒させながら、サムとパールにしがみついていた。
「……あなた!スマラグが来てるわ!」
母が指さした方を見ると、黒髪で周りより頭一つ分以上は抜き出るほどの長身の男性が立っていた。
異様に細身で、周りから少し浮いているように見える。
「スマラグ!いろはくん!」
父が大きな声で話しかけたその人は少し疲れている様子だったが、近くまで行くと顔をほころばせる。
「ようやく会えたなぁ。
セヴァ、パパとママの親友のスマラグだ。ご挨拶なさい。」
「……こんにちは。」
「セヴァくん、こんにちは、はじめまして。
パパやママとは子供の頃からの友達なんだ。
今日からうちのいろはも、ここに通うから仲良くしてね。」
背筋をピンと伸ばした男の子が隣に立っている。
「はじめまして。いろはです。よろしくお願いします。」
礼儀正しく、セヴァと両親に挨拶をする。
いろはのヘーゼル色の瞳が、まっすぐにセヴァを見ていて、緊張して何も言えなかった。
「いろはくん、はじめまして。
会えて本当に嬉しいわ。これからよろしくね。」
母は泣いている。
「はい、よろしくお願いします。」
といろはが返事をしたところで、式典が始まるため、着席するよう声がかかった。
保護者はホールの後ろ、園児は前の方に分かれて座る。
席は決まっていないようで、セヴァは先生に言われた通り、空いている好きな席に着席した。
セヴァの隣に、いろはも着席する。
びっくりしつつ隣をチラチラと見るが、いろはは相変わらず姿勢よく無表情で、少し怖かった。
入園式が始まったが、大人達が難しい話をしていて退屈だ。
はやく終わらないかな、おうちに帰りたい。と考えていると、いろはがセヴァの膝をつつき何かを乗せた。
小さな貝殻だ。
手に乗せて見ると、キラキラしていて、とてもきれいだ。
「あげる。」
いろはは囁き、ニコッと笑う。
「あ、ありがとう……」
頬が熱くなるのが分かった。その様子を見て、いろははさらに満足そうに笑う。
入園式が終わり親の元へ戻ったいろはは、最初と同じ無表情の子供に戻っていた。
帰り際、お互いに無言で手を振って別れる。
その頃すでに海に興味を持っていたセヴァは、 貝殻をもらったことが嬉しくて、帰り道に何度もポケットの中に手を入れて感触を確かめた。
早く宝箱に入れたくてそわそわしていた。
この貝殻をもらった事は両親にも秘密だ。
新しい制服や鞄よりも、ずっと嬉しくて、秘密で、大切なものを見つけたような気がしていた。
1月が年度初めです。
いろはは10月生まれ
セヴァは12月生まれ




