公爵家への帰還
長いまつ毛に縁取られた瞼が、ぴくりと動く。
ゆっくりと開かれた瞼から、ルビーのような瞳がのぞいた。
ルティナが目にしたのは、公爵家の自室の天井だった。
小さなルティナが何人も眠ることができそうな広いベッドの中央にちょこんと寝かされているルティナは、一体何が起こったのだろうと思いながら、周囲を見渡した。
今がいつで、何時なのかがさっぱりわからない。それどころが、自分が何故眠っていたのかさえわからなかった。
「ルティ、目覚めたのだな!」
目を覚ました途端に、体にずしりとした重みと、衝撃を感じる。
金の髪が頬に触れるのがくすぐったい。ルティナに子犬がじゃれつくように抱きついているのは、カイネルードだった。
カイネルードの他にも、クオンツや両親、王妃の姿まである。
「ルティナさん! 息子が、申し訳ないことをしました。本当に、ごめんなさい」
「……王妃様」
王妃に頭をさげさせるなど、あってはならないことだ。
なんとか身じろいで、カイネルードの腕から逃れようとしたルティナだが、細身で小さい割にカイネルードの力が強く、振り解くことができなかった。
「私こそ、こんな姿で申し訳ありません。ベッドからご挨拶をするなんて、失礼なことを」
「なんて立派なの、ルティナさんは。それに比べてカイネルードときたら。あなたを、フォドレアの遺跡なんて危険な場所に連れ出すなんて」
「それは悪いと思っていますよ、母上。ルティ、僕は君が目覚めないんじゃないかと心配で心配で、でもよかった。どこか、体に変なところはないか? 痛むところは?」
「大丈夫です」
ようやくルティナは、自分に何が起こったのかを思い出した。
腕や脚は、体から棒でもはえているように、自分のものではないように重たかった。
体の中から何かが損なわれてしまったかのように、疲労感が強い。
闇魔法を、思いのままに使用したせいだ。精霊界からの召喚術など、まともに使ったのはあれが初めてだった。
けれど──。
「カイネルード様が無事で、何よりでした」
「ルティ。……ありがとう。でも、二度と、あのようなことはするな。ルティを守るのは僕だ。僕はルティに守られたりはしない」
「幾度も説明しましたが、殿下はルティのために封魔の首輪を探しに行ってくれたのです。そして、ルティは自分の意志で殿下を守った。皆が無事で、ルティは名誉の負傷をしました。誇るべきことであり、叱るべきことではありません」
クオンツが淡々と言い、皆の顔を見渡した。
「宝物庫の罠による魔物の出現だとしたら、あれは大魔道士フォドレアが施したもの。それに打ち勝つ力があるのだから、ルティはやはり大したものです。叱られるべきは、何もできなかった私です」
「お兄様、そんなことはありません。私は」
「本当にそうなんだ、ルティ。私は鍛え直さなくてはと、思い知らされた。弱いままでは、大切なものは守れない」
「それはその通りだ、クオンツ。僕も、そうだ。ルティを危険な目に遭わせるつもりはなかったのに。ごめんね、ルティ」
カイネルードは涙声だった。
そのあまりの真剣さに、必死さに、誰も何も言えなかった。
息子のしでかしてしまったことに怒っていた王妃でさえ、それ以上カイネルードを叱るようなことはしなかった。
「あぁでも、封魔の首輪は無事に回収できたんだ。ルティ、これを君に」
「……これが、封魔の首輪」
カイネルードはルティナから体を離すと、黒いチョーカーを手渡した。
黒い紐状のチョーカーには、涙の形の宝石が一つ、ぶら下がるようにしてついている。
一見ただの首飾りに見える。宝石に魔力があるのだろうかと、ルティナは、手の中のチョーカーに視線を落とした。
「首を、怪我しているから、今はつけられないけれど。首輪をつければ、魅了の力は抑えられるはずだ。母上が妙に怒っているのも、ルティのことを必要以上に好きになってしまったからだ。そのうち、僕と結婚をして自分の娘になれと言い出す」
「あら、いいわね。そうしなさい、カイネルード」
王妃は両手を胸の前で合わせると、花が咲いたように笑いながらやや興奮気味に身を乗り出した。
ルティナは罪悪感に自分の胸を、首飾りを握りしめた手で抑えた。
王妃のことを惑わしてしまった。操ってしまったことに、胸が痛む。
「……それは、そのうち。ともかく、ルティ。首飾りをつけるつけないは君の自由だ。僕としてはどちらでもいいが、つけてくれたら多少は安心できる。……まぁ僕は本当に、どちらでも構わないんだ。君に魅了の力があろうとなかろうと、僕は変わらない」
「カイネルード様。……ありがとうございます」
「僕は君の友人だから。今日は疲れただろう、ルティ。守ってくれて、ありがとう。また来る」
カイネルードはルティナの手を軽く握り、頬同士を擦り付けるようにした。
少女のような顔立ちのカイネルードからは、甘くいい匂いがする。
ルティナは目を細めた。女友達との挨拶のようで、嫌な感じは少しもしない。
王妃を連れて、公爵夫婦に挨拶をすると、カイネルードは部屋を出ていった。
ルティナは、ガーゼを張ってある首に、手で触れる。
そこには痛みがまだ残っている。
傷跡は、残るだろうか。首飾りで、隠せるだろうか。
首飾りをつけた途端に、ルティナの周囲の人々は別人のようになり、ルティナを蔑んだ瞳で見るだろうか。
それでも、誰かの心を操ったままでいたくない。
ルティナは首飾りを抱きしめて、目を閉じた。カイネルードのおかげで、これ以上の罪人にならなくてすみそうなことが、ありがたかった。




