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魅了の魔女だと嫌われている私ですが、光属性の皇子様から溺愛されています  作者: 束原ミヤコ


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封魔の首輪と、残った傷



 フォドレアの遺跡から帰還してから数週間後。

 ルティナは自室で鏡を見ていた。


 傷というのは、それがかすり傷であっても綺麗な皮膚に戻るためには時間がかかるものである。

 治るまでの間、セシアナが熱心に治療のための軟膏を塗り、ガーゼを張り替えてくれていた。

 

 そのおかげで体中にあったかすり傷は綺麗に治った。

 今まで通りの、きめ細やかでつるりとした肌に戻ったのだが、唯一首の傷だけは深かった。


 もしかしたら魔物の口の中に落ちた時に、牙か、それとも他の何かに触れてしまったのかもしれない。

 あの時は夢中で、分からなかったけれど。


 鏡の前で傷を確認する。

 首の右側から中央に向けて横切るように、傷ができている。


 それは一本の、薄い桃色の筋のように見えた。


「……これでは、もう、私は」


 カイネルードを守った時には、クワイエット公爵家の娘としての誇りを強く感じた。

 けれど、それも数日すれば落ち着いてしまった。

 命の危機にさらされて、体や脳が興奮状態だったのだ。その興奮が過ぎてしまえば、元のルティナに戻ってしまった。


 そして、首に残った生々しい傷跡が、ルティナの気持ちをますますしぼませた。

 咲こうとしていた花が、途中でしぼんで枯れてしまうように。


 傷跡のある女は、貴族でも庶民でも敬遠されるものだ。

 それは醜い。美しさを損なうものであると認識されている。

 傷跡があることを隠していたという理由で、離縁されたという女性も多い。


 日常を送っていてできた傷ならばまだ受け入れられるが、魔物につけられた傷などは――余計に醜悪とされている。


 魔物に傷物にされた女を家に受け入れると、家の運気が悪くなってしまうのだ。

 それぐらい、縁起が悪く敬遠されるものである。


 魔物に傷をつけられた者を、魔物憑きと人々は呼ぶ。


 魔物憑きの女を受け入れたせいで事業が破綻しただとか。

 借金を抱える羽目になっただとか。

 一家離散してしまったとか。

 兎角、その噂は悪いものばかりだ。


「……私は。どのみち、クワイエット家の役に立てない」


 そもそも、魅了の力があること自体で皆から敬遠されるのだ。

 それに魔物憑きという悪評がついたとして、何かが変わるわけではない。


「魅了の魔法を操ることができるようになれば、皆を不幸にすることはない」


 ドレッサーの椅子に座るルティナの膝の上には、ウリちゃんが乗っている。

 ぱたぱたと尻尾を振って熱心にルティナを見つめているウリちゃんは「そうだよ」と言っている気がした。

 魅了の力をあふれさせてしまうのは、ルティナの魔力がまだ不安定だからだ。


 おおよそ十五歳ほどになれば、魔力は安定する。魔力暴走を起こして他者を傷つけることはなくなると言われている。

 そのために、王城で貴族の子供をお披露目する年齢が、十五歳なのである。


 それまで家で過ごすのは、貴族はとくに強い魔力を持つ者が多く、うまく力が制御できずに危険な場合もあるからだ。

 ちょうど今の、ルティナのように。


 ルティナは、ドレッサーにおいてあるチョーカーを手にした。

 封魔の首飾りをつけていれば、魔力が安定するまで、魅了の力を抑えることができる。

 それに、首飾りをつけている限りは、自分は安全なのだと周囲の者たちに伝えることもできる。


 カイネルード――友人からの、贈り物だ。

 

 もしかしたら首飾りをつけたら、両親や兄の態度が、使用人たちの態度が変わるかもしれない。

 ルティナの生きていた世界は全てルティナが作り上げた幻想で、夢から覚めたら皆がルティナを冷たい目で見て、拒否をするのかもしれない。


 ――怖い。


 怖い、けれど。


「首飾りをすると、傷も隠れる」


 首にあてると、黒いチョーカーが首の傷を隠した。

 首の後ろの金具をとめる。

 僅かな息苦しさと圧迫感を感じる。体を思うままに巡っていたものが、体の奥に押し込められたような苦しさに、ルティナは体を抱きしめながら荒い息をついた。


 確かに、魔力が封じられたようだ。


「……彼方を開く銀の鍵。来たれ、黎明よりの使者」


 試しに、ヴァレリーの十三の使徒を呼び出す呪文を詠唱してみる。

 部屋の中に僅かに闇が溜まり、美しい宝石箱がころんと床に落ちる。

 そこから、赤い爪のたおやかな女性の手が、ぬるりと出てきた。

 その手は怒ったようにばたばたと指を動かして、ルティナを指さした。


「ご、ごめんなさい。帰って、煌めきのアルディージャ」


 煌めきのアルディージャと呼ばれる、貴婦人が出てくる筈だった。

 しかし、魔力が封じられているために中途半端にしか呼ぶことができなかった。

 ルティナの謝罪と共に、宝石箱は消えていく。事情を察したように、アルディージャの手もひらひらと、ルティナに向けて挨拶をするようにして揺れた。


 ――魔力が制御された。


 ルティナは、ウリちゃんを抱きながら、恐る恐る扉に向う。

 扉から顔を出して廊下を確認する。

 そこには侍女やメイドたちが、いつものように働いている。


「……セシアナ」

「あら、お嬢様。どうされました? あぁ、なんと愛らしい首飾りでしょう! 殿下からもらったのですよね」

「うん。カイネルード様からいただいたわ。……セシアナ、何か、変なところはない?」

「セシアナは今までどおりですよ。お嬢様のことが大好きなセシアナです」


 廊下で他の侍女たちと話をしていたセシアナに、ルティナは話しかけた。

 セシアナはにっこりと微笑んで、いつも通り優しく声をかけてくれる。


 けれど他の侍女たちは、何かおそろしいものを見るようにルティナを見た。


「る、ルティナ様……」

「魅了の、魔女だわ」

「恐ろしい」


 こそこそと、小さく囁かれる声を聞いた。視線が、ルティナの体に突き刺さる。

 侍女たちを「なんてことを言うの!?」と叱責するセシアナの声を聞きながら、ルティナは自室へと舞い戻った。




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