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魅了の魔女だと嫌われている私ですが、光属性の皇子様から溺愛されています  作者: 束原ミヤコ


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ルティナの闇魔法



 ――こんなに速く動けるのかと、不思議だった。

 世界がゆっくりと動いている。

 それはただの錯覚だろう。けれどその時のルティナには、緩慢に動く世界の中で自分だけが素早く動くことができたように感じた。


 驚愕に見開かれたカイネルードの瞳が、ルティナに手を伸ばすクオンツの珍しく焦った表情が。


 そして――今まさにカイネルードに食らいつこうとしている化け物の上から、ルティナはカイネルードを突き飛ばした。

 

「ルティ!」


 カイネルードがルティナに手を伸ばして、悲痛な叫び声をあげた。

 カイネルードは、友人だ。

 魅了の魔法にかかっていないカイネルードには、ルティナはきっと大勢の者たちに囲まれて調子に乗っている根暗な女に見えただろう。

 それでも、友人だと言ってくれた。

 何故優しくしてくれるのかは分からない。けれど――。


「開け、ヴァレリーの揺り籠よ。堕とせ。深淵の果て」


 ルティナが、魔物の口の中に落ちる刹那、詠唱と共に魔物を闇が包み込んだ。

 闇は棺の形になる。

 棺が開いて中から大鎌を持つ体をローブで隠した何かが出てくる。

 その鎌が魔物を一閃した。


 強大な頭は二つに割れて、闇のような断面を晒している。


 大鎌を持つ――死神のような姿をした者が、その頭をおもむろに掴んで、ずるりと床から抜き出した。


 床から抜き出された魔物は、巨大な頭に、小さな人の体がついている。

 不格好な姿をした魔物を、死神は棺の中に無理やり押し込んだ。


 それから――ルティナに恭しくお辞儀をすると消えていく。

 

 あれは、闇の大精霊ヴァレリーが従えている十三の使徒の内、死神サウルと呼ばれる存在だ。

 ルティナは一時的に、精霊界から闇の眷属の者を呼び出して、使役することができる。


 けれど、滅多にそれはしない。

 闇魔法は、人の命を狩り取るものが多い。

 それは、クワイエット公爵家が皇帝の剣として共に皇国を守っていた存在だったことにも関係している。


 古の時代、大精霊は自らが選んだ人々に己の加護を分け与えた。

 それが、サラデイン皇帝家であり、クワイエット公爵家である。

 それ以来、サラデイン家と加護を持つ貴族の家々は、共に皇国を守ってきたのだ。


 クワイエット公爵家は、皇帝家の剣。

 皇帝を、守るものだ。


 ルティナにもその血が流れている。

 落ち込んだり、こんな力はいらないと思ったけれど――クワイエット公爵家に生まれたという誇りは、失ってはいけない。

 クオンツに言われた意味が、ようやく理解できた気がした。


「ルティ!」

「大丈夫か、ルティ!」


 カイネルードとクオンツが駆け寄ってくる。

 ルティナの傍にはウリちゃんがいて、その小さな体をルティナに摺り寄せていた。

 

 魔物が去った後の祭壇の上に倒れているルティナを、カイネルードは助け起こした。

 クオンツはその傍に膝をついて、ルティナの手を握った。


「どうして危険なことを……」

「ルティ、痛いところはないか? あぁ、血が……っ」


 どこかで切ったらしく、ルティナの首や、布の切れたドレスの奥の皮膚からは、そこここに微かに血が滲んでいた。

 

 魔物の牙が触れたのか。それとも、祭壇に倒れた時の衝撃か。

 どれも擦り傷程度で、たいした傷ではない。

 けれど、全身が痛んだ。小さな傷でさえ、ズキズキととても痛い。


 ルティナは、怪我をしたことがなかった。

 子供ならば当たり前に転ぶことも、傷を作ることもあるだろう。けれどルティナは生まれてからずっと侍女たちが傍にいて、大切に扱われてきたのだ。


 落ちている物を拾うことも、着替えも、身支度も――全て侍女たちが行ってきた。

 転ぶことも、怪我をすることも一度もなかった。


 はじめて見る自分の血に、背筋が冷たくなる。血の気が引いた。

 些細な痛みに驚き怯えて、泣き出したくなってしまう。


 しかしルティナは涙をこらえた。

 カイネルードを守れたことは名誉だ。ここで泣くなど、クワイエット家の令嬢として、こんなに情けないことはない。


「カイネルード様、ご無事でよかった」

「ルティ。僕は、大丈夫だった。君が危険をおかす必要はなかった」

「……私には、ヴァレリー様の加護があります。カイネルード様を守るのは、クワイエット家の役目」

「そんなこと、僕は望んでいない」

「カイネルード様は、私を友だとおっしゃってくださいました。……もう誰も、信用できなかったのに。カイネルード様は、私を諫めてくれていて、そして、友達だと」


 あぁ――多分。

 嬉しかったのだ。


 戸惑ってはいたが、嬉しかった。

 以前と変わらず話しかけてくれたことも、こうして連れ出してくれたことも。


「ありがとうございます。私は、嬉しかった」

「ルティ……!」


 カイネルードの瞳が、潤んだような気がした。

 ルティナは限界だった。


 闇の魔法で魔物を倒したのはこれがはじめてだ。

 思い切り、力を使った。体から魔力が損なわれているのが分かる。

 体の痛みと共に、意識が薄れていく。


「ルティ、ありがとう」

「よく頑張ったな、ルティ。何もできなかった。……私は、情けない」


 カイネルードの声と、クオンツの声が聞こえる。

 ウリちゃんが心配そうに、ルティナの指を舐めた。

 その感触を感じながら、ルティナは意識を手放した。



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