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魅了の魔女だと嫌われている私ですが、光属性の皇子様から溺愛されています  作者: 束原ミヤコ


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蛍の原野



 ◆


 ルティナが好きだ。

 だから一緒にいたい。幼いカイネルードは己の感情に正直だった。

 城は居心地が悪く、嫌な人間ばかりだった。

 

(僕より、弱いくせに。たいした魔法も使えないくせに)


 心の中で他者を見下す癖がついていた。大精霊ルークスレドの加護を受けているカイネルードは、己が他者よりも優れていることを自覚していた。一人でなんでもできると、思い込んでいた。


 ただ、ルティナだけが特別だった。

 フォドレアの遺跡で助けられて――ルティナは特別だと、カイネルードの心に刻み込まれた。


 その特別な、大好きなルティナと一緒にいたい。

 その気持ちだけで、ルティナを幾度も部屋から連れ出した。


 冒険だと言って、いろんな場所に連れまわした。

 神秘の花が咲くといわれている洞窟や、精霊と会えるという噂のある森の奥の湖。一年中雪と氷で覆われた街や、夕日が美しい岬に。

 転移魔法を使えばどこにだって行くことができた。誰にも咎められず、追いかけられることもなく。


 ルティナが驚いたり困ったり、笑ったりしてくれるのが嬉しかった。

 クオンツが一緒にいることもあったが、クオンツは――真面目な性分だ。

 長じるにつれて、無断で外出することに難色を示し出し、そのうち誘わなくなってしまった。


 ルティナと二人きりの時間が増えると、カイネルードはますます増長した。


 ――このまま二人でどこかに逃げてしまおうか。

 ――ルティナはきっと僕を好きでいてくれている。


 だから、はじめてその手を、友人としてではなく恋人として握った。

 カイネルードが十三歳の時である。

 子供から少年へ、少年から青年へと変わっていく微妙な年齢だが、カイネルードははっきりと自分が男であり、男としてルティナが好きだと自覚していた。


「ルティ、青色蛍の群生地があるんだ。行ってみよう」


 青色蛍は夜にしか光らない。

 だからカイネルードは、皆が寝静まった頃にルティナの部屋に忍び込んだ。

 ルティナの部屋の窓がいつでも開いていることを知っていた。

 転移魔法で部屋に忍び込まないのは、窓から入るのが好きだったのだ。

 その窓は、カイネルードのためだけに開いている。それが嬉しくて仕方なかった。


 浅い眠りの底にあったルティナを起こして、愛らしい寝衣のうえから寒くないようにガウンを羽織らせる。

 こんな姿で外には出ることができないと渋るルティナを、いつものように強引に攫った。


 ミラディア原野の瑠璃色牡丹が咲き乱れる花畑の中央に、美しい水をたたえた池がある。

 夜空には星々が輝いていて、それはまるで星でつくられた川のようでもあった。

 

 青色蛍は青い光の発光を繰り返しながら、ちらちらと川や花の上を飛んでいる。

 火は焚いていない。ランタンも持っていない。

 それでも十分夜が明るい。星と蛍の光の中で、ルティナはしばらくその光景を何も言わずに見つめていた。


 それから、カイネルードを見つめた。

 ルティナの赤い瞳に映る自分を見るのがカイネルードは好きだった。

 ルティナは人と目を合わさない。過去の経験から、他者を拒絶し怖がっている。


 それでも、気持ちを伝えるとき、大切なことを言うときは、真っ直ぐに目を見つめてくれる。

 その健気な努力が好きだ。

 

 ――ルティナが、好きだ。


「カイネ様。連れてきてくださって、ありがとうございました。とても、綺麗です」


 遠慮がちに微笑む顔が、甘い声が、カイネルードの頭の奥をひりつかせる。

 恋心は日増しに膨らんでいく。


 きっとこのまま、幸せになれる。

 後宮は相変わらずだ。アラベルが権力を持ち、他の女たちはアラベルに媚びを売ることばかり考えている。


 媚びを売るとは、王妃ミラを虐めることであり、アラベルこそ正妃だとその美しさや優しさを誉めそやすことである。


 女など、ろくなものではない。

 女は嫌いだ。けれど、ルティナは好きだ。

 カイネルードにとってはただひとり、特別な相手だった。


「喜んでくれてよかった、ルティ」

「……カイネ様、ありがとうございます。カイネ様がいてくださって、私はとても、救われています」

「ルティ」


 出来れば――その感情が、友人に向ける親愛ではなく、恋愛感情であって欲しい。

 ルティナにとっても、カイネルードは特別である。

 その確信はある。好かれているという自信もある。


 けれどいざ一歩踏み出そうとすると、おそろしいものだ。


 ルティナはカイネルードを、明るく前向きで誰にでも優しい男だと思っている。

 それはルティナが一人で部屋にいるからそう信じてくれているだけだ。

 カイネルードの立場を詳しく知らず、どれほど女や周囲を見下しているか知らないから、そう思っているだけだ。


 それでもカイネルードは、ルティナの理想のカイネルードでいたいと考えている。

 優しく、明るく、無害な男。

 ――そんなわけがないのに、そんな自分でいたいと思い、そう振舞っている。


 一歩踏み込むのは、その幻想を崩す行為ではないのか。

 ルティナは恐れて、逃げてしまうのではないのか。


 それでも、このままではいたくない。

 もう十分、同じ時を過ごした。これからもずっと一緒にいたい。そのためには、今のままではいられない。


「ルティ――好きだ」

「……っ、あ、あの、ありがとうございます。……私も、カイネ様が好きです」

「僕の好きは、君の好きとは違う」

「それは、どういう」


 不思議そうに呟くルティナの唇に、己のそれを重ねる。

 緊張のせいで、体に余計な力が入る。どこまでしていいのか分からずに――そういえば慣れていない男の口づけは、興奮しすぎていて、歯がぶつかって痛いのだと後宮の女たちが下品な会話で笑いあっていたことを思い出し、そっと触れるだけですぐに離れた。


「……あ」

「僕の、好きは……こういう好き。ルティ、好きだ」


 環境のせいか、カイネルードは年齢よりも精神的に成熟していた。

 やがて皇帝になる立場上、早いうちから男女のことについても教えられていたし、後宮の女たちの余計な会話も耳に入ってくる。


 それなのに、ただルティナに少し触れただけで、心臓が激しく脈打ち、全身が熱くなった。

 そして、文字通り箱入りで育っているルティナの、瞳を潤ませて頬を赤らめる無垢な仕草が、愛しくて仕方なかった。


「――カイネ、さま」

「嫌だっただろうか」

「……い、嫌では……驚いて、しまって」

「ルティは、僕のことが嫌い?」

「……嫌いではないです。私……私には、魅了の力があって。だから、カイネ様は」

「それは違う。僕はルティが好きだ。魔法なんてなくても、僕は君にずっと魅了されている」


 指先を絡めて手を繋ぐと、ルティナは顔を真っ赤に染めながら俯いた。

 それでも、逃げようとはしない。

 ルティナは自分が傷ついた経験からだろうか、他者の痛みにとても敏感だ。

 自分が誰かを傷つけないようにと、そればかりを気にしている。


 今逃げたら、カイネルードを傷つけると思ったのか。

 それとも、ただ単純に、カイネルードを受け入れようとしてくれいるのか。


「ルティ。好きだよ。友人としてではない。君に触れたい。キスしたい。誰かと結婚をしなくてはいけないのなら、君とがいい。ルティ以外は、嫌だ」

「……カイネ様、でも、私は」

「ルティのことは僕が守る。どんなことがあっても、僕が」

「カイネ様……私もあなたを、好きでいて、いいのですか……?」


 遠慮がちにルティナが囁いた肯定の言葉は、カイネルードの心をこれ以上ないほどの幸福で満たした。

 若い恋人たちを祝福するように、蛍がちらちらと輝きながら飛び交っている。


 そして――異変が起こった。

 



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