光の大精霊ルークスレド
クオンツが倒れているステラを抱きあげた。
フェルズがその脈や呼吸を確認して「医務室に連れて行きましょう」と小さな声で言った。
その声を聞いて、ルティナはカイネルードの胸をそっと押して、その体から離れる。
「ステラ様はご無事ですか……!?」
「ええ。命に別状はないようです。怪我はどれほどなのか、これから確認しなくてはいけませんが」
「よかった……」
できれば一緒に医務室へと行きたかったが、ルティナにはやらなくてはいけないことがある。
「大丈夫か、ルティナ」
「はい、お兄様。ヴァレリー様は私の加護精霊ですから、私が説得します」
クオンツは優しく微笑み、ステラを連れてフェルズと共にその場を去っていく。
「ステラ様を傷つけるなんて……」
「きっと、ステラ様に嫉妬をしたのだわ」
「アルヴァイス様に見られたのよ。だから、邪魔になって――ひどいことを」
「おそろしい魔女だ」
ルティナたちの様子を遠巻きに見ながら、生徒たちがひそひそと囁き合っている。
――弁解をしている暇は、今はない。
その声はヴァレリーの耳にも届いている。
ヴァレリーは、ルティナのために怒っている。今もその声を聞いて、美しい顔に青筋を立てていた。
『――お前に我が愛し子は守れないと、妾は言うたな。思った通りじゃ』
ヴァレリーの怒りの矛先は、どうしてかカイネルードに向いた。
「あぁ。そうだな、ヴァレリー。俺はいつも、遅れてばかりだ。いつもルティを傷つけてばかりいる。守ろうと思ってどれほど力をつけても、これではな」
「カイネ様……?」
『妾のルティナに、相応しくない。この国も、お前もな。だが、先にこの男じゃ。妾のルティナを傷つけたこの男をいたぶり、そして次はここにいる者全員を──』
ぱちん。
と、ヴァレリーは指をはじいた。
十三の使徒たちの刃が、アルヴァイスを貫こうとする。
ルティナの説得など、ヴァレリーはまるで聞いていない。
娘を愛するあまり盲目になった母のように。
人とは違う理で生きる者にとって、人を殺めることなどなんでもないように。
ただ無情に、冷酷に、断頭台の刃が降ろされるように。
アルヴァイスの顔からは血の気が引き、最早叫ぶこともできないのか、口をただ陸に打ち上げられた魚のように動かしている。
「ヴァレリー、皆! 私の言うことを聞いて! やめなさい!」
「――すべての精霊を統べる全知全能の神、大精霊ルークスレドよ!」
ルティナの制止の声に、一瞬使徒たちの刃がぴたりと止まった。
カイネルードの呼び声に、晴れた空が――二つに割れていく。
その奇跡のような光景に、皆黙り込み、唖然と空をみあげることしかできない。
割れた空の向こう側には、極彩色の花々と鳥と、様々な宝石と美しい水と緑にあふれた世界が広がっている。
炎を纏った鳥や、氷でできた魚、植物でできた狼や、岩を固めてつくられたような獣に囲まれて――白い髪と白い肌をした美しい男性が空から降りてくる。
その背には白い蝶の翼がある。美しい澄んだ青空のような瞳は、どの宝石よりも美しい。
それは、人とは違う者。一分の隙もない、絵画のような美しさをもつ男が、ヴァレリーの前にすとんと降り立った。
光の大精霊ルークスレド。
その姿を見た者はいない。その精霊を呼ぶことができたものはいない。
本来精霊とは、姿を見せないものだ。それが、大精霊であっても、小さな精霊であっても。
長い王国史のなかでも、姿を見せたという記述は残っていない。
『召喚主の意に反して動くというのは、許されていない。皆、帰りなさい』
優しい声音で、ルークスレドが十三の使徒たちに諭した。
彼らはあきらかに怯えているように、ヴァレリーとルティナ、そしてルークスレドを見比べて、ルティナに恭しく頭をさげると、その場から消え去っていった。
剣の先にひっかけられていたアルヴァイスは、真っ逆さまに地面に落ちる。
大怪我をするか、命の危険があるほどの高さだ。
「アルヴァイス様!」
ルティナは木やベンチの影を操って、アルヴァイスを影の手で包み込んだ。
地面にそっと寝かせると、ヴァレリーが不服そうに舌打ちをした。
『腕の一本でも折ってやればよかったものを』
「ヴァレリー、助けてくれてありがとうございます。でも、アルヴァイス様は十分おそろしい思いをしました。だから、十分です」
『甘い子じゃ。だから、可愛い。ルティナ、この国にはろくな人間がいないな。妾と共に行こう。次にルティナを苦しめたら、ルティナを連れていく。そういう約束じゃ』
「約束……?」
なんのことかは分からずに、ルティナは首をかしげる。
カイネルードが己の胸に手を当てた。
その隣にはルークスレドが浮かんでいて、にこやかにヴァレリーを見つめている。
『レリィ、会いたかった』
『妾はお前などしらん』
『なんてことを言うんだ、夫婦なのに』
『夫婦になった覚えはない』
『いいかげん、カイネルードを許してやってくれないか』
『許せるわけがない』
親し気に話す二人は、まるで夫婦喧嘩をしているように見える。
ヴァレリーの方は嫌がっているようだが、ルークスレドは愛し気にヴァレリーを見つめている。
『もう、いいだろう。カイネルードは努力をして、私を呼び出せるほどになった。私は君よりも強いよ、レリィ。君と戦い君を従わせるのは簡単だけれど、別に戦いたいわけじゃない。ルティナの記憶を返しなさい』
『……ふん』
『それから、小細工もやめなさい。君の試練を乗り越えて――二人は、固い絆で結ばれたのだから』
『そんなこと、分からぬ』
『分かるだろう。赤毛の男に何を言われても、ルティナはカイネルードを信じていた。相手を信じるためには、双方の努力が必要だ。二人とも頑張ったね、おめでとうと言ってやりなさい』
『うるさい』
駄々をこねる子供のように叫んで、ヴァレリーはルティナの傍にすいっと飛んでくる。
そしてその手に、光り輝く球体を浮かび上がらせた。
「ヴァレリー。あなたに勝てば、ルティの記憶を返してもらう、その約束だった。けれどもう、必要ない。ルティナは覚えていなくても、俺を受け入れてくれた。記憶など、あろうがなかろうがどちらでもいい」
『……まったく、いけすかない男じゃ。ルークスレドとよく似ている』
ヴァレリーはルティナの心臓に、その光る球体を押し込んだ。
それから『帰ろう』と手を差し伸べるルークスレドを見ないふりをして、闇に溶けるように姿を消した。
ルークスレドもそれを追いかけていく。
ルティナには、ヴァレリーに挨拶をすることも、お礼を言うこともできなかった。
光る球体を体に押し込まれた途端に――知らない記憶で頭の中がいっぱいになったからだ。




