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魅了の魔女だと嫌われている私ですが、光属性の皇子様から溺愛されています  作者: 束原ミヤコ


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炎の加護



 一歩でもルティナが動いたら、ステラの心臓を止める。

 果たしてそれは、ただの脅しだろうか。それとも、本当にそうなのだろうか。

 

 アルヴァイスのことを、ルティナはよく知らない。

 本当にアルヴァイスにそんなことのできる力があるかどうかも。


 けれど、その可能性が少しでもあるのなら、軽率な行動は取るべきではない。

 ステラは隣国から預かっている大切な姫君である。

 それ以上に──ルティナの友人だ。


 それはルティナの一方的な感情かもしれない。それでもルティナは嬉しかったのだ。

 話しかけてくれて。同じ時間を、過ごしてくれて。


「あなたは、国が欲しいのですか、アルヴァイス様」

「欲しい……欲しいというのは少し違うかな。元々、僕のものだった。王妃ミラがいなければ、カイネルードがいなければ、母上はもっと幸せになれた。僕も、皇帝位を継ぐことができた」

「お聞きしました。皇帝はアラベル様を愛していたと」

「そうだよ。父は、母だけを愛していた。けれど、ミラがいるせいで、そしてカイネルードのせいで、僕は皇帝にはなれない。涙ぐみながら、母は何度も僕に謝った。皇帝にしてあげられなくてごめんね、と。僕も──母の望みを叶えてあげることができなくて、どんなに歯痒かったか!」


 両手を広げて高らかに、アルヴァイスは感情をむき出しにした。

 今までの、薄い笑みを浮かべている余裕のある態度とは違う。

 アルヴァイスはきっと、無念だったのだろう。


 大好きな人の望みを叶えたいという気持ちは、ルティナにもわかる。


「ねぇ、ルティナ。僕たちは似ていると思わない? 君は大きな力を持ってしまったせいで、不遇な身だ。そして僕は、生まれた時から日陰の身であると、運命が決まっていた。僕たちは手を取るべきだ」

「……あなたと、手を?」

「そう。悪いようにはしないよ。君は僕に従っていればいい。そうすれば、僕は君を愛してあげる。そして、誰も彼もが君の前にひれ伏す。もう、人の顔色を窺う必要はない。誰かの誹りを甘んじて受け入れる必要はない。力を抑え込む必要もない!」


 その熟しすぎた果物を連想させる甘い声は、誘惑は、ルティナには届かない。

 そんなものが欲しいと思ったことなど一度もない。

 ルティナは嫌われていたが、同時に今あるもので十分だと思っていた。


 優しい家族と、セシアナと。それから、カイネルードと。今は、ステラとフェルズも。

 両手の指で数えられるほどの人数だけれど、ルティナにとってはかけがえのない人たちだ。


 多くも求めたいとは思わない。皆から愛されたいとも思わない。


「私には、そんなものは必要ありません。魅了の力なんて、もう二度と使いたいと思っていません!」

「力がある者は、その力を役立てるべきだ」

「たとえそうだとしても、アルヴァイス様の使い方は間違っています! 確かに、あなたはカイネ様がいる限り、皇帝にはなれない。自分の思うように、ならないかもしれない。けれど、両親に愛されているではありませんか。それ以上、何が必要ですか?」

「……残念だよ、ルティナ。僕の言葉を受け入れないというのなら、僕は君に乱暴をしなくてはいけない」


 アルヴァイスの周囲に、炎を纏う大蛇が現れる。

 それは明らかに、炎魔法。炎の精霊の祝福である。

 アルヴァイスは、光の精霊の祝福を受けていないのだろう。サラデイン王家にとって大切なのは、光の大精霊の祝福。アルヴァイスが皇帝に選ばれる可能性は──その時点でほぼなくなってしまったと言っても過言ではない。

 

 それは、屈辱だろうか。

 それとも、カイネルードを恨まずにいられないほどの悔しさがあるのだろうか。

 その蛇は空を泳ぎ、ルティナに襲いかかった。


「時を刻みし大時計の守り人、来れ、時の城の守護者よ!」


 ルティナは、ヴァレリーの十三の使徒のうちの一人。

 時守のヒルデガードを呼んだ。

 ルティナとステラの前に、大きな歯車の盾が現れる。

 それはルティナとステラに向かい大口を広げて襲いかかってくる大蛇の炎から二人を守った。


「──力を抑えている君では、僕には勝てない」


 盾が炎に包まれる。歯車を持つ鎧に包まれた手だけが現れていたヒルデガードは、悔しげに両手をわなわなと震わせた。

 炎がルティナの体を舐めるように包み込む。

 炎の中でルティナは両手を広げた。ステラを守るために。


「ルティナ!」


 ステラの悲痛な声がする。

 肌がジリジリと焼かれる。喉が焼けて、呼吸ができない。

 その感覚は一瞬で、炎の蛇がルティナの体からするりと離れた時、ルティナの制服や髪や肌は、燃えてはいなかった。

 ただ、焼かれる感覚だけが残っている。

 アルヴァイスが呼吸が触れ合うほどの至近距離で立っている。

 その指は、ルティナの首飾りにかけられている。

 そしてアルヴァイスのもう片方の手には、美しい金の杯の形をした魔道具が握られていた。


「これは、なんだかわかるかな、ルティナ」

「……ぅ、うっ」

「ルティナを離しなさい!」


 喉が焼ける感覚がまだ残っている。呼吸ができないルティナは、喘ぐような呻き声を漏らした。

 アルヴァイスの腕にしがみつこうとしたステラの体を、炎の大蛇が簡単に弾き飛ばす。

 ステラは地面を転がって草むらにぶつかり、ぐったりと動かなくなった。


「ステラ様に、手を出さないで……」

「馬鹿だな。友達ごっこをしていただけの女に情をかけるなんて。ルティナ、その力は君には相応しくない。僕がもらう」

「……そんなことは……まさか、それは」


 アルヴァイスの持っている金の杯に、ルティナは見覚えがあった。

 魔道具の中には、禁呪具と呼ばれている邪悪なものが存在している。

 それは、作ってはいけないし、手にすることもいけないとされている危険なものだ。

 

 アルヴァイスの手にしているのは『精霊の檻』と呼ばれるもの。

 任意の相手の、精霊の加護を奪い取るためのものである。


 幻魔戦争の時に、色々な危険な魔道具が開発された。その中の一つだ。

 他者の加護を奪い取るなど、他者の尊厳を貶めることと同じである。

 そんなことはしてはいけない。

 

 尊厳を踏み躙る行為であり、加護を与えてくれている精霊たちを裏切る行為だからだ。


「精霊の檻は、禁呪具です。そんなものを使ったら、罪に問われます……!」

「本当に、馬鹿だね。僕が手に入れるのは、ヴァレリーの力。魅了の力。誰が罪に問うというのか。皆が僕に従うというのに!」


 ルティナはアルヴァイスから逃れようと暴れた。

 手の甲を引っ掻いて、その手首を掴もうとした。

 けれど、体に力が入らない。

 炎は消えたのに、体をじわじわと焼かれる感覚がある。

 耐え難い激痛が体に走る。悲鳴を上げないようにすることぐらいしかルティナにできることはなかった。






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