空から降る星の下の告白
カイネルードの声は穏やかで、聞いていると暗い海を月明りを頼りに小舟で漂っているように思えた。
そこにおそろしさや不安はない。
月は明るく、星は輝き、暗い海を美しく照らしている。
「ルティが俺を守ってくれたとき、燻っていた恋心を自覚した。でも――やはり俺は子供だったから、それをうまく表現することができなかった」
フォドレアの遺跡でのことを思い出す。
あの時のルティナはただ必死だった。
気づいたら部屋のベッドに寝かされていて、カイネルードが泣きそうな顔をしていたことを覚えている。
「ルティは……皆に、ひどいことを言われたばかりで、他人を怖がっていた。俺は――ともかく、まずは君に好かれたいと思い、時間があれば君の家に訪れた」
「……ええ、はい。カイネ様は、来てくださいました。何度も」
「あぁ。もちろん、ルティやクオンツと遊ぶことも楽しかったんだ。クワイエット家に訪れた時だけ、俺はとても――気持ちが楽だった。だが、それは俺の甘えだったのだろうな」
「甘え……?」
「あぁ。楽しいばかりではいけないのだと。ステラとの婚約についても。それに、サラデインの皇帝の制度についても。今のままでは何も変わらない。俺が強くならなくては、ルティを守ることもできずに、ただ傷つけるだけだと思い知った」
ルティナは膝を抱えた。
カイネルードの気持ちは嬉しいが――無理をさせてしまっているということにはならないだろうか。
国の方針に従いステラと婚約を結んでいれば、カイネルードは苦労をする必要もなかったのだ。
「カイネ様……私が、弱いから。カイネ様に大変な思いを、させてしまって」
「それは違う」
「でも……っ」
「違う、ルティ」
カイネルードはルティナの手を引き寄せた。
バランスを崩したルティナの体を抱きしめて、その髪に顔を埋める。
星空を見つめていたルティナの視界は、カイネルードの胸に抱き寄せられて、焦点がぼやけた。
瞳に映っていた景色は、どこまでも広がる星空から、カイネルードでいっぱいになる。
「俺が、君を選んだんだ。君がいいと望んだ。君の弱さも、君の強さも全て含めて俺は君が好きだ。ルティは、ルティのままでいい」
「ですが、私がこんな風じゃなければ、カイネ様を困らせたり、しませんでした」
「俺は困っていない。困ったと思ったことは、一度もない……それに、ルティ。その言葉はそのまま君に返す。俺がカイネルード・サラデインでなければ、ルティの心を曇らせることなどなかった」
「それは違います、カイネ様は――いつでも私の光でした。カイネ様がいらっしゃらなければ、私は……家から一歩も外に出ることなく、過ごしていたかもしれません。誰も彼もを疑って、とても、嫌な人間になっていたのだと思います」
ルティナはそこまで言ってから「今も……嫌な女だと思うことが、あります」と付け加える。
「君が、嫌な女?」
「……はい。あなたに、特別に扱っていただけることを嬉しいと思ったり、その気持ちを疑ったり、嫉妬をしたり……嫌な感情、ばかりです」
「何故それを、嫌な感情だと思うのだろうか」
「嫌な、感情ではないですか? 私、そんなものでいっぱいで……私の存在が、誰かの迷惑になることは、嫌なのに。これ以上、誰にも迷惑をかけたくないのに、カイネ様のことを好きだと思うほどに……自分勝手な嫌な女になっていくのです」
身の内にあるどろどろしたものを、小さな声と共に吐き出した。
呆れられるだろう、嫌われるだろう。
もしそうなってカイネルードに捨てられたら、心は楽になるのだろうか。
それとも悲しみに打ちひしがれて、暗く染まってしまうのだろうか。
余計なことを言ったと後悔した時、カイネルードの体が小さく震えた。
何事かと顔をあげると、どうやら笑っているようだった。
「――嬉しいよ、ルティ」
「……嬉しい?」
「君が悩んでくれて、嬉しい。俺にとって嬉しいとしか思えない感情で、君が苦しんでいたのかと思うと、健気で愛しい」
「よく、わかりません」
「君のその言葉は――全て、俺が大好きだと言っているのと同じだ」
ルティナは目を見開いた。
――そうなのだろうか。
ルティナにとっては痛みを伴う感情が、カイネルードにとっては熱烈な愛の告白になるということだろうか。
「わ、私、そんなつもりは……」
「ルティ。俺も、君が大好きだよ」
「違……っ」
「違うのか?」
「……違わ、ない、です。ですが」
「俺は君を愛していて、君は俺が好き。これ以外に、何か必要なことがあるだろうか」
カイネルードの言葉は、いつも妙な説得力がある。
もう何も言い返すことができずに、ルティナは黙り込んだ。
「俺は君を離さない。だから、ルティも、俺の手を離さないでいてくれ」
「カイネ様……」
「何があっても、何が起こっても、俺は君と一緒だ」
カイネルードの真摯な瞳は、宝石のような星々よりもずっと美しく輝いて見える。
ふと体が離れて、顔が近づいていく。
唇が触れ合う――瞬間に、クオンツの不機嫌そうな咳払いが聞こえた。
「殿下、申し訳ありませんが――これ以上私のルティに不埒なことをしたら、全力で止めます」
「クオンツ、邪魔をするな」
「邪魔をしたくてしているわけではありません。殿下の転移魔法がないと、帰ることができないのですよ。だから、できるだけ邪魔にならないように静かに待っていたのです」
ルティナをカイネルードから引きはがしながら、クオンツが言う。
フェルズは照れたように視線をそらしていて、ステラは――なんとも言えない表情で、足元に視線を落としていた。




