呼び出し
カイネルードと、はじめてきちんと気持ちを通わせられることができたような気がした。
風にゆれる木の葉のように覚束なかったルティナの気持ちは、今やしっかりと地面に根をおろす大樹へと変わっている。
だから――周りの者たちが何を言っても、心が揺れるようなことはなくなった。
カイネルードはルティナには勿体ない。ステラのほうが王妃に相応しい。
あんな呪われた魔女など、王妃にするべきではない。
きっとカイネルードは魅了をされているのだろう。
そんな陰口が耳に入ってきていても、カイネルードがルティナを信じてくれているという事実があれば、前を向いていられた。
気持ちが、変わったからだろうか。
以前のような息苦しさはなく、学園での日々はルティナにとっては比較的穏やかだった。
三人分の竜の守護指輪の作成に、ルティナは毎日取り組んでいた。
星降りの頂きで素材の補充もできたために、カイネルードに渡したものとは少し違うものを作ろうと思い、研究を重ねていたのである。
カイネルードに渡したものは、カイネルードだけのものだ。
ルティナにとってもそれは特別なものだ。特別なものだと思っていいのだと、理解できた。
そのために、同じものをクオンツたちに渡すのは違うと感じたのだ。
「……指輪ではなく、ほかの装飾品にしましょう。お兄様には耳飾り、ステラ様には髪飾り、フェルズ様には、そうね……装飾品ではなくて、短剣にしましょう」
よく考えたら、フェルズに装飾品を渡すというのはよくないことだ。
フェルズにも婚約者ができるかもしれない。その時に、他の女から貰った装飾品を持っているというのは、いい気分ではないだろう。
短剣ならば、それはただの武器である。深い想いが込められるようなものではない。
あまり、気にもならないかもしれない。
竜の守護石を埋め込むものなので、魔道具としての効果は変わらない。
ただ、他の素材との組み合わせで、魔力増幅や回復効果、他属性の魔法を使用できる効果など――他の付属効果がつくことが、いくつか試作品をつくっているうちに判明した。
それぞれに渡すための装飾品が完成したのは、夏季休暇の数日前のことだった。
クオンツとフェルズに渡すと、とても喜んでいた。
ステラには、放課後話があると呼び出されていたので、ルティナはちょうどよかったと、綺麗にラッピングした小箱を持って裏庭に向かった。
「ルティナ、待っていたわ」
日の光があまり差し込まない裏庭の地面には、苔が多くはえている。
どことなく湿った香りが充満しており、広い空間の奥には木々がまばらにはえた林がある。
よく手入れされた庭園と違い、こちらはあまり人の手が入っていない。
古びたベンチがいくつか置かれており、焼却炉や、落ち葉などを廃棄するための場所が端に設置されている。
用がなければ近づかない場所である。
いつも華やかなステラがいるには少し寂しい景色だ。
人気のない場所が落ち着くルティナにとっては、どちらかといえば好ましい景色なのだが。
ベンチに座ってルティナを待っていたステラは、ルティナが近づくと立ち上がる。
どこか苦し気な笑顔を浮かべて名前を呼ばれたので、ルティナは僅かに眉を寄せた。
「ステラ様。……どうされました? 何か、困ったことがあるのですか」
「どうしてそう思うの?」
「元気がないように見えて。何かあれば相談してください。私にできることがあれば……」
カイネルードのことではステラとの間に、蟠りがあった。
それでもルティナはステラを友人だと思っていた。
広い教室にいる、たくさんの同級生たちの中で、ルティナに話しかけてくれる人はステラだけだったのだ。
もし何か困っていることがあれば、力になりたい。
ステラは何かを振り払うようにして、顔をあげた。
ルティナの手をぎゅっと掴む。痛いほど掴まれて、手にしていた小箱が落ちた。
「……ルティナ、それは」
「ごめんなさい、落としてしまって……ステラ様に、髪飾りをつくりました。約束していた、竜の守護指輪を髪飾りにしてみたのです」
「私に……」
「でも、落としてしまって」
「いいのよ」
ステラは小箱を拾いあげて、リボンをほどく。
中から出てきたのは、エルナン王国の国花であるミモザを模した髪飾りである。
ステラは何も言わずにそれをじっと見つめて、髪につけた。
「……とても可愛いわ。ミモザは、大好きな花よ。よく知っていたわね」
「エルナン王国では、大切な人に感謝の証としてミモザを渡すのですよね。ですから、私もステラ様に渡したいと思いまして」
「ありがとう、ルティナ。私……困っていることがあるの」
「はい。なんでもおっしゃってください」
ステラは一度唇を噛む。
それから、大きく息を吸い込んだ。
「――カイネを、私に頂戴」
「……え」
「ねぇ、ルティナ。あなたはカイネに魅了の魔法をかけているのよね? あなたたちをずっと見てきたわ。カイネはあなたに夢中。私のことなど、興味さえないようだった。エルナン王国とサラデイン皇国のためには、私がカイネと結ばれるべきなのに」
「それは……」
「ルティナ、私、お父様に言われているの。カイネをなんとしても手に入れなければ、私は王女としては失格、役立たずだって。このまま、逃げ帰るわけにはいかないの。ルティナが魅了の魔法を解いてくれたら、カイネは正気に戻るのでしょう?」
「ステラ様、それは、勘違いです」
「いいわけは聞きたくない。お願いよ、ルティナ。カイネを魔法から、解放してあげて!」
堰を切ったように、ステラはまくし立てる。
ルティナは――ただ茫然と、その言葉を聞いていた。
友人だと思っていた。
信じていた。
けれどステラも――ルティナを魅了の魔女だと思っている。
カイネルードを助けるために、ルティナの傍にいたのだ。




