はじめての友人
家が一軒立つだろうか程度の広さの、岩でできた平地である。
洞窟の出口から繋がっており、側面は崖になっている。
崖下には木々が鬱蒼と茂った森が広がっている。
どこまでも広がる水平線の先に、豆粒のように小さく街が見える。
座り込んだまま動かなくなってしまったステラのそばにウリちゃんを残して、ルティナたちは素材の採集に向かった。
鉱石や植物などを袋にいっぱい詰め込んだ頃には、夕日が沈み始めていた。
蝋燭の炎に照らされるように茜色が揺れる空に、星が輝き始める。
ルティナたちは、採集した中でも食べられるキノコを焼いたり、果物を切ったりして軽い食事をとった。
ステラは「落ちていたものを食べるなんて」と青ざめていたが、その態度に苛立ったらしいクオンツに「では食べるな」と言われて、大人しくなった。
食事を終えたルティナは、荷物の中から薬壺を取り出した。
ステラの傷に塗ろうと思ったのだ。
けれどその薬壺はカイネルードに奪い取られて、クオンツに渡された。
「ステラの傷を見てやれ」
「なぜ私が? 嫌ですが」
「フェルズと一緒に」
「殿下、俺に少し、横暴ではありませんか?」
「俺のルティをたぶらかそうとした罰だ」
言い合いをしているクオンツたちを睨むと、ステラはクオンツの手から薬壺を奪い取った。
「自分でできるわ」
「……なんだ、お姫様。今までずっと、殿下に助けて、できない、助けてと、子供のようにすがってばかりいただろう?」
クオンツに小馬鹿にしたように言われて、ステラはむっつりと唇を結んで黙り込んだ。
黙々と、自分の腕や足に、軟膏を塗り始める。
ルティナは手伝おうとしたが、「大丈夫よ」と断られてしまった。
何か怒らせてしまっただろうかと心配していると、カイネルードに手を引かれる。
「ルティ、もうすぐ星が落ちてくる」
「……星が?」
皆から少し離れた場所で、カイネルードはルティナと並んで座った。
茜色の空に夜の闇が溶けていく。
黒い空に無数の星々が輝き始める。
宝石のたっぷり溜め込まれた宝石箱をひっくり返したような光景だった。
「すごい……」
手が届きそうなほどに、空が近い。
そう思うのは、空を見上げると余計なものが視界に入ってこないほどに、高所にいるからだろう。
ルティナに加護を与えてくれているのは、闇の大精霊ヴァレリー。
それだからだろうか、ルティナは夜の静寂や闇が好きだ。
夜空も星も、月も。
ルティナの心に安らぎを与えてくれる。
「綺麗です、カイネ様。とても、綺麗」
「そうか。君の嬉しそうな顔を見ることができて、よかった。俺は、ずっと──ルティを、悩ませてしまっていたようだから」
「……カイネ様、私は」
「ルティの表情が憂鬱に翳っていたことを俺は知っている。ずっと、君を見ているのだから。わかる」
「……ごめんなさい」
手が重なって、指を絡めるようにして握られる。
ルティナは視線をさまよわせた。クオンツたちはステラを連れて、少し離れた場所にいる。
それでも、皆と一緒にいるときに親密に手を繋ぐというのは、恥ずかしい。
「ルティ、俺だけを見ろ。俺も、君しか見ていない」
「……カイネ様は、どうして、私なんかを。私は、魅了の魔女です。皆に迷惑しか、かけられないのに」
「ルティ。俺の父は、俺の母を愛していない」
カイネルードの口から、家族の話が出るのははじめてだった。
ルティナは噂は知っていたが、触れてはいけないことかもしれないと思い、尋ねたことはなかった。
皇帝が王妃ミラではなく、第二妃アラベルを寵愛していることについて。
「それは、最初からそうだったようだ。母は、サラデインの血筋だ。といっても、遠縁の親戚程度だが。ただ、母は光の大精霊の加護を受けてしまってな」
光の大精霊の加護は、サラデインの血筋のみに現れる。
だがそれも、全てというわけではない。
より優秀な血を残すために、皇帝は多くの女性と子を儲ける必要がある。
そしてその女性もまた、優秀な血を持たなくてはいけない。
サラデインにおける優秀な血筋とは、精霊の加護の強さで決まる。
「生まれた時にすぐ、父との婚約が決まったらしい。母には不満はなかったそうだ。だが父は、貴族学園でアラベルと出会い、恋に落ちたそうだ。アラベルは王妃になることができるほどの血を持ってはいなかった」
結局、ミラを王妃に。アラベルは第二妃とされた。
「父は母を疎んじていた。子さえ作ってしまえば用済みだとでもいうように、話しかけることさえしなくなった。俺が物心ついた時には母のそばには誰もいなかった。城ではアラベルが王妃のように扱われ、すべての采配を行なっていた」
後宮で権力を持つということは、後宮に住まうすべての女性たちを想いのままに扱えるということだ。
アラベルもまたミラを邪魔だと思っていたのだろう。
最低限の侍女たちに、腐ったような食事、古びた小さな部屋。
ミラの生活とは、とても王妃とは思えないようなものだった。
それでもミラは笑顔を絶やさなかった。カイネルードがいるからそれでいいのだと言って、笑っていた。
「クワイエット公爵家に度々訪れていたのは、後宮に居場所がなかったからだ。君の母は、俺の母の心配をして、何度も後宮に手紙を送っては、家に招いてくれていた。俺も、母と共に君の家に」
「……そうだったのですね」
「まぁ、話すようなことでもない。それに、幸か不幸か俺には大精霊の加護があった。嫡子として選ばれると、後宮での待遇も多少は改善された」
「けれど、お辛い思いをしたのでしょう?」
「辛いということはなかったが、居心地は悪かったな。クワイエット公爵家にはじめて訪れた時、君と話をしただろう?」
ルティナは記憶を辿る。
皇太子殿下が来るのだと聞いて、その日は侍女たちが朝からそわそわと落ち着かなかった。
ルティナはその時はまだ、魅了の力に気づいていなかった。
そのために、自信に満ちていて、自分を完璧なレディだと思い込んでいた。
それなので、カイネルードの訪れに、そこまで緊張をしていなかった。
いつものように美しいドレスを着せてもらい、訪れた王妃ミラとカイネルードと挨拶を交わした。
カイネルードは今まで見たどの貴族の子供たちよりも美しく、輝いていた。
「こんにちは、ルティナ。カイネルード・サラデインだ」
「はい、カイネルード様。カイネルード様も、私と仲良くしてくださいますか?」
「そのつもりだが」
ルティナはカイネルードに身を寄せた。
内緒話をするように。
大人たちは、二人が仲良く話していることに安堵して、中庭に二人を残していなくなった。
「ルティナ?」
「男の子たちは、皆、私と結婚をするといいます」
「それはそれは」
「カイネルード様は私にそんなことをおっしゃいませんでした。ですから、お友達になれますね」
カイネルードは目を丸くして、それから声をあげて笑い始める。
「そうだね。求婚をしたら友人ではなく、男女になる」
「ですから、お友達です」
「ふふ、それはそうだ。僕には友人がいない。だから、嬉しいよ」
後宮での立場は改善されたものの、アラベルが支配をしているのは変わらない。
カイネルードとミラは常に所在なさを感じていたし、あの場所で友人などできるはずもなかった。
そうしてルティナは、カイネルードにとってのはじめての友人になったのである。




