威力を抑えた闇の魔法
ゆらゆらと揺れるイソギンチャクに似た柔毛は、その一本一本がステラの足と同じぐらいの太さがあり、ステラの体などすぐに覆いつくすことのできるような長さがある。
エメラルドグリーンに発光している様は美しいが、岩壁から、床から、無数にはえてきているために洞窟全体がブラシ状の突起のはえた怪物の口のように見えた。
「助けて、嫌! 助けて、カイネ!」
クオンツの操る影が、柔毛を切り裂いたが、あとからあとからはえてくる。
フェルズの風魔法が柔毛を切り裂いたが、本体は別のところにいるのか、じゅるじゅると新しい柔毛が岩からはえてフェルズの体に巻き付いた。
ステラの体をあっという間に柔毛が埋め尽くす。
ずるずると、床の中へとその体を引きずり込もうとしている。
柔毛の狭間から、ステラの女性らしい手が助けを伸びるようにしてのびた。
「――ステラ様!」
「恐らく、人喰い植物の変異体だ。洞窟中に根を巡らしている」
人喰い植物は、向日葵のような形をした魔物である。
その花に近づくと、花の中央から柔毛をのばして動物や人を絡めとり、食べてしまう。
大きなものでも、ルティナと同じぐらいの大きさが限度だ。
ここまで広範囲に広がる柔毛と、なによりも本体がない人喰い植物など、見たことも聞いたこともない。
カイネルードの冷静な声を聞き終わらないうちに、ルティナは駆けだしていた。
目の前の魔物がなんであれ、このままでは何の抵抗もできないステラはすぐに食べられてしまう。
クオンツとフェルズは襲い来る柔毛の相手をするだけで精一杯で、ステラのことまで手が回らない。
(皆を、ステラ様を助けなければ……!)
「天翔ける馬車に乗りし麗しき漆黒、二対の剣を持つ荘厳なる黒騎士よ!」
魔封じの首飾りをつけているルティナに呼び出せるのは、ヴァレリーの使徒の――体の一部である。
けれど、以前に比べてかなり魔力を操ることができるようになっている。
詠唱と共に、洞窟にバリパリと雷が現れる。
その雷とともに何もない空間が歪み、雨のように剣が何本も、柔毛に向かって降り注いだ。
全ての柔毛が、その剣によって貫かれる。びちびちと跳ねる柔毛の中に、ステラが放心したようにぺたんと座っている。
「ルティ、さがっていろ。クオンツ、フェルズ、避けろ」
「え」
「心得ました」
驚くフェルズと、放心するステラを、クオンツの背後からはえた黒々とした影の手が掴み、クオンツの背後に重なるようにして乱暴に落とした。
クオンツの足元から何本もの黒い手がはえて、彼らの体を球体となり覆いつくした。
「爆ぜろ」
カイネルードは、洞窟の中央に向かい軽々と飛び上がり、上空で手を下方に突き出した。
掌底が地面を打つ。それと同時に、岩の中にいる何かが光を放ちながら、内側から弾けた。
爆風が、洞窟を揺らす。岩が天井からいくつも落ちて、地響きを響かせる。
ルティナはウリちゃんを抱きしめて、爆風に体を煽られてたたらを踏んだ。
けれど、ルティナに飛んでくる岩や砂塵は、何かに阻まれているように目の前で弾けて消えた。
カイネルードが、防護壁をはってくれているらしかった。
二つの魔法を一度につかうということは、かなり難しい。あっさりそれをやってのけるカイネルードに、ルティナは尊敬の眼差しを向ける。
ずるずると、柔毛が岩壁の中に消えていく。
ひび割れた地面に手を突っ込むと、カイネルードはその中にあるものを掴んで引きずり出した。
「やはり、人喰い植物だ」
それは、大人一人分ぐらいの大きさのある、エメラルドグリーンの葉や茎と、青い花弁をもった向日葵のような花だった。
無造作に掴んで、それを地面に投げ捨てる。
投げ捨てられた人喰い植物は、粒子となって消えていった。
「カイネ様、ご無事ですか?」
「このとおり、元気だよ。ルティは無事か?」
「はい。ステラ様は……!」
クオンツの張り巡らせた防護壁が消えると、クオンツの背中にしがみついていたステラが顔を出した。
その瞳からは、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれている。
綺麗な服も髪もぼろぼろになっていたが、大きな怪我はなさそうに見える。
ルティナはステラに駆け寄った。
「ステラ様、お怪我はありませんか? ごめんなさい、一緒に歩いていればこんなことにはならなかったのに。せっかく一緒にきてくださったのに、怖い思いをさせてしまって……」
「ルティナ……」
「はい。怪我があったら、軟膏を塗りましょう。大丈夫、傷跡も残らずになおりますよ」
「ルティナ……怖かったわ、すごく。あなた……すごいのね」
「いえ、そんなことは……」
ルティナに抱きついて離れないステラの背中に、ルティナは手を回して優しく撫でた。
魔物に襲われるというのは、怖いことだ。
ルティナは自衛の手段があるが、ステラにはないのだから。
もっと――気を付けていればよかった。
「帰りますか、ステラ様」
「帰らないわ。ここまで来たんだから。星を見るんでしょう? 素材を集めるんでしょう?」
「ステラ様だけ、家に送りますよ」
「帰らないわ。私も、皆と一緒にいたい。ここまでせっかく、頑張って登ってきたのだから」
クオンツやフェルズに言われても、ステラは頑なだった。
仕方なさそうに深々と溜息をついて、クオンツがステラを抱きあげる。
ステラはクオンツの腕の中で若干暴れたが「泣き言ばかりで迷惑、役立たずだ。これは最大の譲歩、大人しくしていろ」と冷たく言われて、涙目になりながら大人しくなった。
「お兄様、そんなふうにおっしゃらなくても……」
「私は正直なんだ。自分の思ったことしか口にしたくない」
「ですが、相手は女性です」
ルティナの指摘に、クオンツはそれ以上取り合わなかった。
危険が去った洞窟を抜けて、頂上に向かう。
洞窟を抜けると、世界は夕闇に染まっていた。




