星降りの頂
夏季休暇を目前に控えたある日のことである。
「そろそろ素材採集に行きませんか。星降りの頂という、採取地があるんです。クオンツ様の好きな魔法植物の採取ができますし、魔石の元になる鉱石も多くとれますよ」
フェルズが魔道具研究室にいる皆に言った。
「星降りの頂?」
クオンツが鸚鵡返しに尋ねた。
「はい。オーウェン辺境伯領にある山の山頂のことで、朝から登りはじめれば、夜には山頂に到着します。とても美しい場所ですが、危険な魔物が多いのであえて近づこうとする者は少ないですね」
「魔道具師の、憧れの場所です……」
「ルティも憧れているのか?」
「ええ、はい。聞いたことがあります。よい素材がたくさんあって、それから、夜空が綺麗だと。まるで、星の中に浮かんでいるような景色なのだそうですよ」
「それなら、教えてくれたらよかったのに。俺がいくらでも、ルティを行きたい場所に連れて行くよ。だから、いつでも言って欲しい」
カイネルードは、研究室にいるときは常にルティナの隣に座っている。
何をするでもなくルティナをじっと見ているのが常で、暇さえあればルティナの髪に触れたり頬に触れたりしている。
ステラもルティナの反対側に座って、あれやこれやと話しかけてくるような状態である。
「今すぐ行こうか、ルティ。二人で」
「カイネ様、素材採集ですから、みんなで」
「それは危険な場所なの? 私、皆のように魔法は使えないのよ」
怯えたように、ステラが言う。
カイネルードはにこやかに「では、ステラは来なくていい」と冷たいことを言った。
「まあまあ、殿下。ステラ姫もせっかく、魔道具に興味を持ってくださっているのですから。大丈夫、ステラ姫のことは俺たちが守りますよ」
取り繕うように、フェルズが口を挟んだ。
クオンツは肩をすくめて小さな声で「ステラ姫も、諦めないな」と不思議そうに呟いた。
その週の休日、皆で学園寮の前に集まった。
ルティナは腕にウリちゃんを抱えていた。学園の中には連れていけないが、外なら別だ。
いつも部屋で留守番をさせているので、連れていってあげたかった。
「まぁ、犬だわ」
「守護聖獣です。ウリちゃんといいます」
「守護聖獣? 何ができるの?」
「一緒にいてくれます」
「ふぅん」
フェルズは近くで見るウリちゃんに興奮していたが、ステラはすぐに興味をなくしたようにルティナから離れて、カイネルードの腕にしがみついた。
「カイネの魔法で、山頂まで行けるのよね? ねぇ、カイネ。きちんと守ってね、私を」
「……ステラ。君のことはクオンツとフェルズが守ってくれる。俺はルティを守ることで忙しい」
「意地悪だわ」
「カイネ様、私は、自分の身は自分で守れますから」
「ほら、ルティナもああ言ってるじゃない」
ルティナは肩をぐいっと抱かれた。誰かと思ったら、クオンツだった。
どことなく勝ち誇ったような顔で「殿下、ルティは私の妹ですから、私が守りますよ」と言う。
フェルズも恭しく礼をすると「ルティナ様。私もいます、ご安心を」と続けた。
カイネルードは、無言で転移魔法を使った。
ルティナたちは学園の敷地から、天高くそびえる山の麓に立っていた。
山道ではあるが、一応人の手が入っている。
それでも、岩が転がり、枝が突き出した悪路である。
かろうじて道だとわかる場所の左右には鬱蒼と木々が茂り、一歩踏み出したら帰り道を見失ってしまいそうなほどに暗い。
けれど、その暗さの奥に、魔法の気配が満ちている。
魔力に満ちた植物たちが暗い森の中でふんわりと輝いている。
「森に分け入っても、素材を採集することはできます。けれど、頂上までのぼりましょう。せっかくですから、星を見ましょうか、ルティナ様」
「星を?」
「はい。あなたに謝罪をしたいと考えていた時からずっと、あなたに見せたいと思っていました。きっと、気に入ります」
「……ありがとうございます、フェルズ様」
恥ずかしそうにしているフェルズの顔を見上げていると、カイネルードがやや強引にルティナの手をとった。
そのまま手を引いて、山道をあがっていく。
「カイネ様?」
「ルティ。俺だけ見ていろと、言ったはずだ」
「は、はい。カイネ様だけ、見ています」
「いつの間にか、フェルズと仲良くなっている」
「フェルズ様のことを、私は昔傷つけてしまいましたから……仲直りできて、嬉しいのです」
傷つけてしまったから、できれば今は、優しくしたい。
仲良くしたい。
そう考えて、ルティナはふとその感情が、ルティナの傷について悔やんでいるカイネルードの気持ちと同じだと気づいた。
「カイネ様、私は大丈夫ですから。ステラ様を」
「ルティ以外を優先するつもりはない」
「外交問題になります」
「なればいい」
「カイネ様」
「ルティ。俺はステラにどう思われようがどうでもいい。君の友人だからと思い、ある程度譲歩をしていた。だが、そろそろ限界だ。彼女と俺の立場のせいで君を優先できないのなら、俺は立場などはいらない」
「……そういうわけには」
カイネルードは真剣だった。
冗談で言っているわけではない。そう聞こえる時もあるが、カイネルードはいつでも真剣で、嘘をつかないのだ。
ルティナはそれを、よく知っている。
「俺は、君がいてくれたらそれでいい」
「……ありがとうございます」
「ルティも同じ気持ちでいてくれるのなら、嬉しいが」
「私も……」
カイネルードが好きだ。
その気持ちは、揺らいだりはしない。
けれどステラも、友人だ。はじめてできた、友人だった。
「カイネ、待って! 私、そんなに早く歩けないの。ルティナとは違うわ!」
「エルナン王国の男は屈強だろう。女性は違うのか?」
「女は、戦うことはしないの。鍛えたりもしないわ。足や腕が太くなったら困るもの」
「そうか。では、フェルズ。ステラを連れてゆっくり登ってくるように」
「え」
「これは、皇太子命令だよ、フェルズ」
優しくカイネルードに言われて、フェルズは青ざめた。
クオンツはフェルズの肩に手を置いて「かわいそうに」と呟いた。




