増える部員
居場所が、一つ増えた。
魔道具研究会の部室の鍵を、ルティナはフェルズから貰った。
いつでも中に入っていいというフェルズは、ルティナの教室での所在無さを知っているような気がしたが、あえて触れるようなことはしなかった。
「ルティ、魔道具研究会に入ったと、クオンツから聞いた」
「ええ、はい」
昼休憩の時間。カイネルードとステラと一緒に食堂のテラス席で食事をしていると、カイネルードが尋ねてくる。
ルティナはあまり食欲が旺盛な方ではないので、白身魚のムニエルの横に艶やかに飾られた温野菜を、ナイフとフォークで小さくしながら食べている。
カイネルードは早々に食事を終えて、そんなルティナの姿をにこやかに見つめていた。
時折ステラが話しかけてくるのに返事をしているが、視線はルティナに向けたままだ。
最近は──少し、居心地の悪さを感じる。
ステラはルティナを友人として扱ってくれている。
それをルティナは喜んでいた。
カイネルードもステラに優しくしてくれると嬉しい。けれど、ステラの前で特別扱いをしてくれるのも、嬉しい。
それを嬉しいと感じる自分が、嫌な女に思えて仕方ない。
小さな箱に、押し込められて、息ができない。
誰かが嫌いだとか、そんな気持ちはないのだ。カイネルードのことは好きだ。そして、ステラのことも好きだ。
だから──自分が彼らの邪魔をしているような、異物のような気がしてくる。
考えすぎだろう。大丈夫だったはずだ。カイネルードとの関係に、不安はない。
それなのに人の心は簡単に、揺らいでしまう。
魔道具研究会で魔道具の製作に打ち込んでいる時は、心が安らぐ。
クオンツもフェルズも必要以上のことは話さない。
クオンツが作業に失敗して大騒ぎになることは時折あるが、それも楽しいと思えた。
再び己を小さな箱庭に押し込んでいるような、安心できる小部屋でうずくまっているような罪悪感を感じたが、ひととき、自分が嫌な女であることを忘れることができた。
「俺も入る」
「カイネ様も?」
「あぁ」
「カイネ様も、魔道具に興味が?」
「嫌いではない。だが、ルティと一緒にいたい。だから俺も入る」
「それでしたら、私も! ルティナ、ひどいわ、教えてくれないなんて。私、魔道具について知るために留学をしてきたのよ。友人なのに内緒にしているなんて」
すぐさまステラが身を乗り出した。
ルティナは微笑んだ。友人が一緒に何かをしたいと言ってくれるのは、嬉しいことだ。頭でも心でも理解している。けれど心の奥底に、ひとひらの憂鬱が浮かんで消えた。
魔道具研究会の部員が増えた。
フェルズはカイネルードやクオンツよりも一学年下で、アルヴァイスと同級である。
それなのに部長というのは申し訳ないと、その座をカイネルードに譲ろうとした。
クオンツにも譲ろうとしたらしいが、「そういった面倒なことを私はしたくない」と一蹴されてしまったらしい。
「フェルズが部長で構わない。俺はルティを眺めるためにここにきているのだから」
「なんという不純な動機ですか、殿下。ここは魔道具研究会。真面目に魔道具を研究する場ですよ」
「いいじゃないの、クオンツ。カイネがいたほうが私は嬉しいわ。いろいろ教えてね、カイネ」
「残念だが、ステラ。俺は魔道具に詳しくない。フェルズに教えてもらってくれ」
クオンツが呆れたように嘆息し、ステラはいつものようにカイネルードの腕に腕を絡めて体を寄せた。
カイネルードはそれを断り、フェルズにステラを押し付ける。
押し付けられたフェルズは一瞬苛立ったように眉を寄せた。けれどすぐに口元に笑みを浮かべる。
「それでは、ステラ姫。魔道具の基礎から説明をします」
「ごめんなさいね。私、あなたじゃなくて、ルティナを見ているわ。ルティナ、魔道具を作っているところを見せてちょうだい。あ! 私に何か作って?」
ステラはフェルズのそばには行かずに、ルティナの元に駆け寄ってくる。
子猫のように体を擦り寄せて、好奇心に輝く瞳でルティナの手元を見つめた。
「何か、ですか……」
「ええ。ほら、カイネがしている指輪。私も同じものが欲しい。お守りの役割があるのでしょう?」
「竜の守護指輪を? ええ、わかりました」
一瞬迷ったが、それはただの魔道具だ。
何か特別なものがあるわけでもない。欲しいというのだから、作るべきだろう。
「ルティ。作らなくていい。ステラ、これはルティが俺にくれたもの。大切な思い出の品だ。だから、君には作らせない」
「まぁ、ひどいわ! そんなふうに言わなくても」
「カイネ様……まだ、素材が残っていますから。竜の守護指輪なら、いくつか作ることができます。お兄様や、フェルズ様にも差し上げますから、許していただけませんか?」
瞳を涙で潤ませるステラが見ていられなくて、ルティナは助け舟を出した。
フェルズは頬を上気させながらやや興奮気味に「いいのですか、ルティナ様?」と喜んで、クオンツは腕を組みながら軽く首を捻った。
「ルティがプレゼントをしてくれるというのならば嬉しいが、作るのが難しいのだろう?」
「数日かかると思いますが、待っていてくださいね」
カイネルードは低い声で「クオンツ」と呼んだが、クオンツは「殿下が悪いのですよ」と一言言ったきりだった。
ルティナが作業に取り掛かるのを、ステラはじっと見ていた。
竜の花を精製し、魔石を溶かし、金の指輪を作る様を。
「ルティはやっぱり特別なのね。特別だから、カイネの婚約者になることができたのよね?」
「……はい、きっと」
「それは違う。ステラ、ルティはルティだ。俺はルティが特別だからという理由で、ルティを選んだわけではない」
「そう。カイネがそういうのだから、きっとそうなのね」
数日後、竜の守護指輪が人数分できあがった。
材料がなくなってしまったのと、魔力の消費が激しかったために、ルティナは自分の分は作らなかった。
「ありがとう、ルティナ!」
指輪をもらったステラは喜び、さっそく自分の指にはめていた。
そして、フェルズも、クオンツも。
フェルズとは、よい関係ではなかった。
もう二度と、話すことはないだろうと思っていた。
(許して、もらえた。仲直りが、できた)
ステラはカイネルードが好きなのに、ルティナに優しくしてくれる。
フェルズはルティナが酷いことをしてしまったのに、友人として接してくれる。
喧嘩をしても、嫌なことがあっても、人は仲直りができのかもしれない。
怖がって外に出なかったから、ルティナはそれに気づくことができなかった。
いつかルティナを悪くいう者たちとも、仲直りができるのだろうか。
考えては見たものの、うまく想像ができなかった。
そんな日が来るといいとは、思うけれど。




