魔道具研究会
学園での暮らしに慣れ始めて、一ヶ月ほどした頃。
気持ちに少し余裕の出てきたルティナは、魔道具研究会に向かうことにした。
それは、クオンツから入学前に言われていたことである。
好きなことに打ち込めば、少しは気が晴れるだろうと。
学園での生活は、ステラがいてくれるために孤独ではなかった。
皆から恐れられているルティナとは対照的に、ステラは人気者だった。
隣国の王女でありながら、明るく気さくで、無邪気なところもある。
誰にでも話しかけるステラは、すぐに他の貴族の子供たちとも仲良くなった。
それでも、多くの友人の一人としてルティナを扱ってくれる。
孤独を覚悟していたルティナにとって、それはあまりにも幸運なことだった。
(私は、恵まれている。カイネ様がいて、ステラ様もいる。お兄様も、セシアナも)
信頼できる人は指で数える程度しかいないが、それで十分である。
そう思うことができているせいか、心に余裕ができた。この三年間が終われば、ルティナは大人の仲間入りである。それならば今、できる範囲で好きなことをしてみようと思えたのだ。
(それに、余計なことを考えなくてすむ)
元々恐れられてはいたものの、ルティナの状況は以前にもましてあまりよくはなかった。
教室に一人でいると、聞こえてくるのだ。
「今日、殿下とステラ様が二人で歩いていましたわ」
「まるで青空と太陽のよう」
「両国のためにも、お二人は結婚をするべきですのに」
「みなさん、ご存知ですか? 殿下はルティナ様の、魔物憑きの傷の責任をとって、ルティナ様と結婚をなさるそうです」
「そのために、ステラ様との婚約の話を白紙にしたと」
「まぁ、では、お二人はルティナ様に引き裂かれたということですの?」
「悲劇です」
「まさに、悲劇」
「魅了の魔女が、自分のいいように人を操っているだけなのでは? 殿下も、ステラ様も。意のままに操っておりますのよ、きっと」
聞こえよがしにひそひそと、囁かれる言葉は、多量の棘を含んだものだ。
その棘は、ルティナが一人の時にのみ向けられる。
カイネルードがいるときや、ステラがいるときは、誰もルティナのことを悪く言わない。
そして、ルティナに直接声をかけることもない。
離れた距離で聞こえよがしに悪評をばら撒くのである。
その噂話は、かつて薔薇園でアルヴァイスがルティナに告げたものと同じだった。
信じると決めたのに、揺らぎそうになってしまう。
そんなわけがない。けれどもし、本当はそうだったとしたら。
自問自答を繰り返しそうになり、このままではいけないと、勇気を出して魔道具研究会の扉を開いたのである。
「失礼致します。魔道具研究会に、入りたいのですけれど」
学園の一室にある魔道具研究会の扉を叩く。返事があったので中に入ると、そこにはクオンツと、もう一人の青年がいた。
「お兄様!」
「ルティ。ようこそ」
「お兄様が、どうして?」
「お前がくるのを待っていた。きっとここにくるだろうと思い、先に入部したんだ。そうしたら、思いのほか面白くてな。つい、入り浸っている」
クオンツの作業机には、たくさんの花々が飾られていた。
ラベンダーや、カモミールといったハーブ類から、妖精薔薇や、薬草の類まで様々である。
「お兄様、私も魔道具研究会に所属をしたいと思いまして。私が入っても、良ければですが」
「もちろんだ。そうだな、フェルズ」
「は、はい」
クオンツに問われて恐縮しているのは、どこかで見覚えのある青年である。
銀の髪に、眼鏡をかけている。ルティナの教室にはいない。つまり、一年生ではないようだ。
「フェルズ様……フェルズ・オーウェン様」
その名前にルティナは青ざめる。
そして、後悔をした。魔道具研究会にくるのではなかった。クオンツに先に、話を聞いておくべきだった。
心の余裕が少しできたせいで、油断をしていたのだ。
フェルズ・オーウェンとは。
「ルティナ様、申し訳ありませんでした……!」
ルティナに向かって頭を下げる青年は、かつてルティナが魅了をしてしまった友人の一人。
オーウェン辺境伯家の長男だったのである。
フェルズは魅了がとけた時、ルティナのことを「目が赤くて不気味」だと、嫌悪感をむき出しにした口調で言った。
それ以来、話してはいない。
カイネルードと参加をした舞踏会にはいただろうから、会話はせずとも再会していたともいえるが。
「……オーウェン様、どうか頭をあげてください。謝らなくてはいけないのは、私です」
「いや、そんなことはありません。あの時俺はあまりにも、子供でした。両親に命じられるままにあなたを罵ったのです。きっと、両親はクワイエット家から金をむしり取ろうとしていたのでしょう」
戸惑うルティナの前で、フェルズはひたすらに頭をさげている。
困り果てたルティナは、恐る恐るフェルズに手を差し伸べた。
フェルズは感動したように瞳を潤ませながら、その手を取ると手の甲に唇をつけた。




