学園での日々
ステラの顔を見ると、また暗い嫉妬に襲われてしまうかもしれない。
ルティナの不安は、けれどすぐに杞憂だと知れた。
「ルティナ、おはよう! 今日もいい朝ね。一緒に行きましょう?」
「ステラ様、おはようございます」
ルティナの顔を見るなり近づいて来て腕を絡めてくるステラは――とてもいい人だ。
カイネルードはステラのことはよくわからないと言っていた。
けれど、昔からの友人のように扱って貰えて、ルティナは嬉しかった。
皆がルティナを遠巻きに見る中で、ステラだけは近づいてきてくれるのだ。
「ルティナの部屋はどこなの? 私は三階の角の部屋よ。本当は私の身分もあって、別館を準備していてもらったの。けれど、皆と一緒がいいと思って」
「私も、三階です。ステラ様とは反対側の角です」
「そうなのね! では今度、一緒にお茶会をしましょう。カイネのこと、聞きたいわ。私の知らない幼い頃のこと。教えてくれるでしょう、ルティナ?」
「ええ。もちろんです」
ステラからカイネルードの名前が出ても、ルティナは落ち着いていた。
信じると、決めた。
悪夢を見てからずっと悩んでいたのだ。
カイネルードに自分は相応しくない。家族を悲しませたくない。あれが予知夢なのだとしたら、カイネルードから離れよう。婚約が破棄されるのを静かに待とう。
カイネルードとは友人だった。それだけでルティナには十分だのだと。
自分にそう言い聞かせ続けてきた。
けれどそれは、ルティナの独りよがりな感情でしかなかった。
カイネルードを信じず、勝手に頭の中だけで作り上げていた物語だ。
未だ起こってもいない未来を悲観して、カイネルードを傷つけることはしたくない。
なによりもルティナが、あの輝く人の、傍にいたいと願った。
一度信じると決めたから、最後まで信じ抜こう。
この先に続いているのが、たとえ悪路だとしても。
そう決意したからだろうか、ステラがカイネルードのことを知りたがっても、心は揺れなかった。
「カイネはどんな子供だったの? 確か、王妃は愛されていないのよね。皇帝に。きっと寂しかったと思うわ。ええ、きっと。その点、エルナンの男性は、生涯一人の女性を愛し抜くのよ」
「はい。存じ上げております。神エヴァンと、女神ルネトは夫婦神。一度婚姻を交わしたら、それは神の名の元に、死ぬまで守られるのですよね」
「物知りね、ルティナ! エルナンのことを知っているの?」
「隣国のことですから、学んでおります。エルナン人の男性は皆、優れた体躯をお持ちになっていると。そして女性は豊かで美しいのだと。ステラ様も、とても美しいですね」
まるで自分ではなくなったように、すらすらと言葉が出てきた。
クオンツに言われた通りだ。部屋にこもるのはいいが、本を読め、勉強をしろと言われた。
だから、エルナン王国の知識がある。会話ができる。
元々ルティナは公爵令嬢として、きちんとした教育を受けてきていたのだ。
一度は自尊心が粉々に砕かれて、他者に対する恐怖心でいっぱいになった。
そのせいで話すこともままならなかったけれど、カイネルードがいてくれたから、ルティナは本当の意味で粉々に砕かれてしまわずにすんでいる。
かつての自分を思い出すと、背筋が自然と伸びた。
「ふふ、ありがとう。カイネもそう言って、私を褒めてくれたわ」
「ステラ様を褒めない男性は、いないでしょう」
「まぁ、ルティナ。あなた、褒めるのがお上手なのね」
「本当にそう思っています」
「ルティナは、そうね……想像していたよりも、なんというか、普通ね」
「……嬉しいです」
学園への道を歩きながら、言葉を交わす。
普通と言われてルティナは嬉しかった。不気味だ、陰気だと言われるかと一瞬身構えたのだ。
普通――とは、いい言葉だ。
ルティナは自分を普通ではないとばかり思っていたのだ。
「ルティ、おはよう」
学園前に差し掛かると、カイネルードがゆっくりと近づいてくる。
優しくルティナの手をとって、それから、ステラにちらりと視線を送った。
「ステラ姫も、おはようございます」
「カイネ。急に他人行儀になるなんて、ひどいじゃない。私とルティナは友人で、カイネと私も友人だわ。友人らしく扱って」
「……だが」
「カイネ様」
ルティナはカイネルードの名前を呼んだ。カイネルードは一瞬困ったように眉を寄せたが、すぐに頷いた。
そんな二人のやりとりを見て、ステラは「仲良しなのね」と言ってカイネルードの腕に自分の腕を絡めて、ルティナの手をとった。
「私一人、仲間外れは寂しいわ。カイネ、ルティナ、私とも仲良くしてね」
甘えるようにそう言って、校舎に向かって歩き出した。
学園の教室でも、ステラはルティナの傍に座り、昼食も一緒に過ごした。
正確には、カイネルードとステラとルティナと三人で。
ステラは少し幼く、カイネルードに甘える仕草をすることが多かった。
故郷が恋しいのだろう、きっと寂しいのだろうとルティナは考えていた。
そして――もしかしたらカイネルードのことが好きなのかもしれないとも。
カイネルードの感情はともかくとして、一度はステラとの婚約の話が出たのだ。
ステラがカイネルードに恋をしていたとしてもおかしくはない。
けれどそれなら、何故仲良くしてくれるのだろう。
ステラにとって、ルティナは恋敵。邪魔な存在だろう。
そうは思わずに仲良くしてくれるというのは――とても、優しい人だ。
月日が経つにつれて、ルティナはそう考えるようになっていった。
それと同時に、常に三人でいるせいで、カイネルードとステラはお似合いだという噂もたつようになっていた。




