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魅了の魔女だと嫌われている私ですが、光属性の皇子様から溺愛されています  作者: 束原ミヤコ


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魔物憑きの傷



 ルティナの首飾りは、黒い布部分と金具、涙型の宝石で作られたチョーカーのような形になっている。


 といっても、それはただの首飾りではなく魔道具であるので、ごく普通の布や宝石ではない。

 だが、触り心地はただの布であり、宝石である。


 その首周りの布に、カイネルードは指をかける。


 首飾りが引っ張られて、首の傷があらわになる。


 それは、小指の長さ程度の傷である。

 周囲の皮膚よりも色が薄い。白く浮いているように見える。


 その傷に、カイネルードはやや強引に口付けた。

 唇が傷に触れる。己の首の傷など鏡でもなければ見ることができないが、そこに傷があることは何故かはっきりとわかる。

 

 そして、唇で触れられると、背筋をぞわぞわしたものが幾度も這いあがってくる。

 それはなんとも言えない甘美さで、ルティナの体を震わせた。


 嫌だと暴れていた体の力が、何かのスイッチに触れられでもしたかのように、くたりと抜けてしまう。

 細めた瞳からぱたりと涙が落ちる。


 薄く開いた唇からは、はしたなく甘い吐息が漏れた。


「ん、ぁ……っ、か、ぃね、さま……」


 指先が、カイネルードの腕を伝う。衣擦れの音がやけに大きく耳に響き、濃い薔薇の香りに全身を包まれているような感覚に、目眩がする。


「カイネ、様……ゃ、だめ……っ、私、傷が……っ、触ったら、カイネ様も、不幸に……っ」

「ならない。それはただの迷信だ。それに、君と二人なら、どれほど不幸になってもいい」

「だめです……だめ」


 薄い皮膚を喰まれて、愛しむようにした先で何度も傷を辿られる。

 力の抜けたルティナの体を、片腕でしっかりと抱きしめられる。


 頬に、首に、カイネルードの艶やかな金の髪が触れる。

 呼吸の音が混じり合う。色香のある声音で名前を呼ばれるたびに、心臓が跳ねるようだった。


 柔らかな風が、頬を撫でる。小鳥の声が聞こえる。庭園を散策する、生徒たちの声も遠くに聞こえた。


「……カイネ様、もう、これ以上は……外、です、ここは」

「誰も来ない。ここには」

「……お願いです、意地悪、しないでください」

「先に意地悪をしたのは君だろう、ルティ」

「それは……」


 カイネルードは、首飾りの宝石を噛んで、引っ張った。

 布の隙間に指先を差し込んで、首筋を撫でる。その手が、首筋から鎖骨の形を辿っていく。

 腰を支えていた手のひらが、背中に浮き出た骨の形を確かめるようにして、するりと触れた。


 いつの間にか、ルティナはカイネルードの膝の上に乗せられていた。

 身じろぐたびに、スカートの下の大腿が、カイネルードの足に擦れるように触れてしまう。

 

 不安定な姿勢のせいで心許無く、滑り落ちないようにカイネルードの腕を縋るようにして掴んだ。


「ごめんなさい……っ」


 この恥ずかしいことは、ルティナへの罰だ。

 

 カイネルードの、言う通りだった。

 ルティナは、月日を共にしたカイネルードではなく、はじめて言葉を交わしたアルヴァイスを信じた。

 その言葉を鵜呑みにして、カイネルードから逃げてしまおうと考えた。


「ごめんなさい、カイネ様……私、あなたを信じなくてはいけなかったのに。ごめんなさい……っ」


 強い自責の念に駆られる。

 体に甘い痺れが走るたび、ルティナを守っていた硝子の檻が粉々に崩れていくような感覚がある。

 強引に閉じていた窓を開けられて、その中にある剥き出しの自分自身へと触れられているような、泣きじゃくって、感情を想いのままに伝えてしまいたくなる衝動がある。


 ルティナを守っていた部屋の壁も扉も窓も、それは全ては砂上の楼閣で、風がふくたびにぼろぼろに崩れ去っていく。


「ごめんなさい、カイネ様……もう、これ以上は……っ」

「ルティ。可愛い。……今までずっと俺は、耐えていた。君はまだ幼くて、二年の差が俺を先に大人にしてしまった。だから……君を傷つけないように、怖がらせないように、我慢をしていた」

「カイネ様……?」

「だが、それが君を不安にさせていたのだな、ルティ。これからはもっと、伝えなくてはいけない。俺がどれほど君が好きなのか。俺の愛が、どれほど激しく重いものなのか」

「……っ、あ」


 唇が肌の上を離れると、ようやく解放された安堵と、ほんの少しの名残惜しさに、ルティナは甘えたような声を漏らした。

 それがあまりにもはしたなく、乱れた制服も息遣いも恥ずかしく、頬を染めて目を伏せる。

 カイネルードの目尻も薄く上気していて、それがなんとも艶やかで、見ていられない。


「ステラのことは、悪かった。君は、嫉妬をしてくれていた。心のどこかで、俺はそれを喜んでいたのだろう。期待も、していたのかもしれない。だが、それは徒に君を傷つける行為だ。そんなことよりも、ルティを不安にさせないことのほうが、ずっと大事だったのに」

「……っ、ごめんなさい。私、やっぱり、嫉妬を……嫉妬は、怖いから。しないって、決めたのに」

「ルティ。いっそ首飾りを外してしまおうか。俺に、魅了をかけてくれ。そうすればルティの不安はなくなるだろう?」

「カイネ様……っ」


 ルティナは目を見開いた。

 見開いた視界がぼやける。

 唇に、柔らかいものが当たっている。

 それは一瞬のことで、そっと触れて離れていった。


 驚きに見開いた瞳が焦点を結び、微笑むカイネルードの姿が映った。


「今のは、冗談だ。……そんなものがなくても、俺はずっとルティに魅了されている。君に会った時から、ずっと」

「……あ」

「愛しているよ、ルティ。これからは遠慮なく、君に伝えさせてもらう。君が不安にならないように。俺の気持ちを、疑わなくてすむように」


 唇を、指先が撫でる。

 そして、再びルティナの視界がぼやけた。

 何度か啄むように唇が重なっては離れていく。


 花の香りが、強い。

 ──目眩がする。




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