カイネルードとステラ
カイネルードに駆け寄ったステラは、カイネルードの手をごく自然に握った。
カイネルードは立ち止まり、ルティナの顔を一瞥した後に、ステラに視線を向ける。
「カイネ! 久しぶりね。元気だった? せっかく私がサラデインに来たというのに、挨拶にも来てくれないなんて、冷たいわ。あなたがサラデインに帰ってしまって、私は寂しかったのよ? 会いたかったわ!」
「ステラ。そうか……それは、悪いことをしたな。……ルティを連れ回していたのか?」
「ふふ、そうよ。私たち、お友達になったの。ね、ルティナ」
ルティナは口元に微笑みを浮かべて、軽く会釈をした。
うまく笑えていたかどうかはわからない。
地面に足がへばりついてしまったみたいに、動くことができない。
心を針で突き刺されたように、チクチクと痛む。
ルティナは、カイネルードと久々に再会をした時に、なんと言っただろうか。
再会を純粋に喜んだような記憶はない。
会いたかったも、寂しかったも、言えなかった。
それどころか、カイネルードがエルナン王国から帰ってきたことを知っていながら、会いに行こうともしなかった。手紙一つ、出すこともなかった。
婚約者に選ばれたときも、ただ、そのような立場は自分には相応しくないのだと、逃げてばかりいた。
ステラのような素直な態度や、言葉で、好意を伝えることはしていない。
二人の間にある親密さに、ルティナはすっかり萎縮してしまっていた。
「ルティ。ステラに強引に連れ回されていたのだろう? 大丈夫か、今日は君にとって大変な日だったというのに。疲れていないか、怖いことは、起こらなかったか?」
腕を掴まれて、伏せていた瞼をあげる。
カイネルードの顔が至近距離にあって、大きく目を見開いた。
心配そうに揺れる美しい青色の瞳は、ルティナだけをうつしている。
それは、今までのカイネルードと変わらない。優しく、熱を帯びたものだ。
「本当は俺がずっと、君の隣にいたかった。心配した。君が誰か他の男に連れて行かれたのではないかと」
「あら、カイネ。それは心配しすぎなのではないかしら。ねぇ、ルティナ。婚約者がこんなに心配性では、あなたの自由がなくなってしまうわよね」
「い、いえ……」
「カイネ、ルティナだってたまにはあなた以外の男性と話したい時もあるわよ。だって、ルティナは特別なのでしょう? 皆が言っているのを聞いたわ、魅了の力があるのだって。すごいわよね、それって誰でも、自分の虜にできるってことでしょう?」
「ステラ。例えそうだとしても、ルティはその力を誰かに向けたりはしない」
「そうなの? せっかく特別なのに、もったいない」
ステラは不思議そうに目をしばたかせて、それからカイネルードの腕に自分の腕を巻きつけた。
「だって、カイネ、私を好きになって? って願うだけで、あなたは私を好きになってくれるのでしょう?」
「残念だがそれはないな。例えステラに魅了の力があろうが、俺の心はルティにある」
「ふふ、冗談よ。本気にしないで。言ってみただけ」
それは、冗談なのだろうか。
そこには、純粋な好意が含まれているのではないか。
様々な疑問で頭の中が埋め尽くされる。悪夢が想起されてしまう。カイネルードがステラの手を握り、愛を囁いている姿だ。
この短いやり取りで、彼らが十分親密であることをルティナは理解することができた。
早く、この場から立ち去りたかった。
部屋に戻りたい。そこは、安全な場所だ。心を守ることができる。
「カイネ。私、寮までの道が分からないの。教えてくれる? ルティナに案内してもらおうと思ったけれど、女性をエスコートするのは男性の役目だわ。私とルティナを、寮まで連れていって」
甘えるように、ステラがカイネルードの腕を引っ張った。
今までずっと黙っていたルティナは、一歩、後ろにさがる。
「あ、あの、私は……一人で帰ることができますので。大丈夫です」
「君を一人にするわけがないだろう」
「本当に、大丈夫なんです。もう少し、庭園を見ていたいのです」
できることなら、二人と一緒にいたくないのだ。
親密そうに会話をしている二人の姿を見たくない。
(これが、嫉妬。すごく、冷たくて、苦しい)
気づかれないようにしなくてはいけない。
ルティナは、本当に大丈夫なのだと微笑んだ。
「ここには、魔力を帯びた植物が多くて。だから、もう少し見ていたいのです」
ウリちゃんがいてくれたらよかったのに。
学園の中に連れて来るわけにはいかず、寮の部屋で待ってもらっている。
「ほら、ルティナもこう言っているわ。あまり、構いすぎると鬱陶しい男だと思われるわよ、カイネ。それに、約束したでしょう? 私がサラデインに来たら、私を守ってくれるって!」
「そのようなことは言っていない」
「まぁ! ひどいわ、忘れてしまったのね。でも、このままでは私、道に迷ってしまうわ。カイネ、送って?」
ルティナはお辞儀をすると、その場から立ち去った。
やはりこれ以上は、見ていられない。
ルティナの名を呼ぶカイネルードの声に立ち止まることなく、ルティナは庭園の奥へ奥へと進んでいった。




