エルナン王国での二年
学園寮までの道を、ルティナはステラに手を引かれて歩いた。
ルティナのことを知っている者たちが、ルティナとステラの様子を遠目に見て、何事かをこそこそと囁きあっている。
「あっ、薔薇園があるわ! いきましょう、ルティナ!」
ステラはまっすぐ寮に戻らずに、どんどん道を逸れていく。
庭園を進み、薔薇のアーチが美しい薔薇園へと入っていく。
ルティナは困惑しながらも、拒絶することもできずにステラに手を引かれるままになっていた。
赤や黄色、青の薔薇が咲き乱れている薔薇園で、ルティナはステラと交わす会話も思い浮かばずに、ただぼんやりと薔薇の花弁を眺めた。
(青い薔薇は、青色の着色料に。赤い薔薇と黄色の薔薇は、魔力回復剤に)
ふと見渡すと、庭園には魔道具作りの素材になる植物が多くはえている。
植物たちに気を取られていると、ルティナの手をステラが強く引いた。
「ルティナ、聞いている? 話しかけているのに、どうしたの?」
「え、あ……ごめんなさい。花を、見ていました」
「綺麗だものね」
薔薇の花に囲まれて生き生きと笑うステラには、薔薇の花がよく似合った。
──眩しい。
きっと誰とでもすぐに仲良くなれるのだろう。
留学をしていたカイネルードとも、すぐに仲良くなれたはずだ。
ルティナの知らない二年間が、そこにはあった。
「それでね、ルティナ」
「はい」
ルティナは聞いていなかったが、話の続きらしかった。
頷くルティナの顔を下から覗き込むように見上げて、ステラは小首を傾げる。
「カイネはね、エルナン王国騎士団の騎士団長を師匠と仰いでいるのよ。これは、私のお父様の弟のこと。ミルディン公リアスのことね」
「ワイバーンを、素手で……」
「うふふ、知っているのね。そうなの! ワイバーンを素手で殴り倒してこそ、一人前の男。これは、エルナン王国騎士団の通過儀礼のようなものね。カイネは、エルナン人の使えない魔法を使うことができるけれど、ほら、体は細いでしょう?」
「そうなのですね」
ルティナは曖昧に頷いた。
カイネルードの体つきなど、以前のルティナはさほど意識したことがなかった。
「そうよ。胸もお腹も薄くて、腕も細いわ。エルナン人はもっと大きいの」
「体格が、とてもよろしいのですね」
「そう。カイネは強くなりたいと言って、リアスの元で体を鍛えてね。ワイバーンを素手で倒せるまでは魔法は禁止だったの。でも、二年経ってもとても倒せなくて。可愛かったわ」
「そうだったのですね……」
カイネルードは、ワイバーンを素手で倒せるまではルティナに会えなかったと言っていた。
エルナン人はそれほど逞しいのか、騎士団の方々は皆、素手であの恐ろしい魔物を倒せるのかと、ルティナはエルナン人に思いを馳せた。
魔法を使うことができなくても、人は強くなれるのだなと感心する。
そして、自分の腕に視線を落とした。
「私は、とても。ワイバーンを素手では」
「面白いのね、ルティナ。女性はそんなことはしないわよ。戦うのは、男の仕事だもの。魔物と戦うなんて恐ろしいこと、してはいけないわ」
そうだろうかと、ルティナは思う。
ルティナの役割は、皇家を守ることだ。
何かあればきっと、ルティナはカイネルードを守ることを、ためらったりはしないだろう。
それが、クワイエット家に生まれたルティナの義務である。
そして、胸の底にほんの少しだけこびりついている、誇りのようなものだ。
「カイネは、二年前よりも逞しくなったわね。以前よりも素敵になったわ」
「え、ええ、はい」
「ルティナは、カイネの婚約者なのよね?」
「……ご存知なのですね」
「ええ。聞いているわよ。精霊の加護がとても強いのですって。だから、あなたは特別なのでしょう? 生まれながらの特別。だから、選ばれた」
「……はい」
「それってとても、素敵なことね。私には精霊の加護なんてないもの。羨ましい」
そこには、悪意など微塵も含まれていなかった。
純粋に、ステラは思ったことを口にしている。
けれどルティナはなんだか、いたたまれない気持ちになった。
ルティナに精霊の加護があっても、カイネルードはステラを選ぶ。
この先、悪夢の通りになるのだとしたら。
「ルティ! 探した。すぐに君の元に行くつもりが、先生方に呼び止められてしまってな。こんなところにいたのか、心配した」
焦った声が聞こえて、いつの間にか俯いていた顔を上げると、カイネルードがルティナに向かって駆けてきていた。
ステラはぱっと明るい表情を浮かべて、カイネルードに駆け寄っていく。
ルティナは、その場を動くことができなかった。




