学園への入学
なんともいえない緊張で胸を詰まらせながら、ルティナは真新しい制服を着た他の生徒たちと一緒に、エダート学園の広間に並んで立っている。
入学初日は、入学式のみ行う。
学園長の言葉のあとに、舞台にあがったのはカイネルードだった。
「三年間の学園生活のあと、それぞれの道にすすむだろう。自由の保障された最後の時間を、皆と共に楽しみたい。そして皆も、楽しんで欲しい」
カイネルードはどこにいても堂々としている。
光に照らされた金の髪を、制服に包まれた立派な体躯を、そしてその精悍な顔立ちを、女生徒たちがうっとりと見つめている。
カイネルードの右手の中指には、ルティナの渡した竜の守護指輪がはめられている。
遠目にそれを見てしまい、ルティナは密やかに自分の胸に手を当てた。
ふと目が合った気がした。嬉しそうに目を細められて、ルティナの鼓動は速くなる。
恋をしてはいけない。
嫉妬をしてしまうのが怖い。
いまだに、悪夢を見る日がある。
けれど――ルティナの中では少しだけ、変化があった。
カイネルードを信じたい。
その気持ちを裏切りたくない。
ルティナもカイネルードのように、強くなりたいと思えたのだ。家族も、カイネルードもルティナを支えようとしてくれている。その気持ちにこたえたい。
暗い部屋の中から一歩外に踏み出して、カイネルードの手をとってみようと思えた。
カイネルードの挨拶が終わり、入学式が終わると、それぞれの生徒たちが知り合いや友人たちと連れ立って、広間から出ていく。
今まで狭い世界で生きてきたルティナにとって、知り合いや友人と呼べる者はいない。
心細さと不安感はぬぐえないが、眩暈がするような恐怖感は今はない。
カイネルードの婚約者になって一年、様々な場所に連れ出してもらった。
そのせいか、ルティナは少しだけ――外に出ることに慣れていた。
多くは望まない。呼吸を密やかに繰り返し、目立たず揉め事を起こさずに、三年間を過ごしたい。
その中で楽しいことが一つでもみつかればいい。
ここには、カイネルードとクオンツがいる。だからきっと、大丈夫だ。
「――ルティナ」
セシアナが待ってくれている学園寮に戻ろうと、徐々に人が減っていく広間から出ようとしたときだった。
甘く愛らしい名前を呼ばれて、ルティナは足を止める。
女性の声だ。親しげにルティナの名を呼んでいる。
そんな知り合いはいないので、驚いて振り向くと、そこに立っていたのは金色のふわりとした巻き毛と、大きな翡翠色の瞳をした小柄な少女だった。
ルティナは頭から冷水を浴びせられたような感覚を覚える。
その少女の顔には見覚えがあった。
何度も、見たものだ。
繰り返される悪夢の中に、何度も出てきた。
「……あなたは」
声が震えてしまわないように意識しながら、硬い口調でルティナは呟いた。
少女は嬉しそうに微笑む。
それはカイネルードとどこか似ている、太陽のような笑顔だった。
「私は、ステラ・エルナン。会えて嬉しいわ、ルティナ! カイネから、あなたの話はよく聞いていたのよ」
古くからの知り合いのように、彼女は――ステラ・エルナンはカイネルードのことを語った。
ステラ・エルナン。エルナン王国の第二王女。
それをルティナは知っていた。
悪夢の中で何度も見た。カイネルードの寵愛を一身に受けて、カイネルードの隣で微笑んでいる愛らしい姫君の名前だ。
「ステラ・エルナン様……」
「ステラと呼んで。サラデイン皇国の文化を学ぶために、エルナン王国から留学に来たの。エルナン王家の第二王女よ。でも、そんなことは気にしなくていいわ。私、知り合いがカイネしかいなくて、どうしようかと思っていたの」
二の句が告げず、ルティナは黙り込んだ。
人と話すのは得意ではない。だが、それだけではなかった。
悪夢などただの夢だと自分に言い聞かせてきた。
それなのに――今目の前に、ステラがいる。
カイネルードとは知り合いのようだ。恐らく、カイネルードが留学中に出会ったのだろう。
心臓が痛いぐらいに激しく鼓動を繰り返している。指先が冷える。
花が咲いたように笑うステラは、明るく溌剌としていて――とても、優しそうに見えた。
「あなたも一人? 一緒ね!」
「……は、はい」
「よかったら、学園寮まで一緒に行きましょう? 一人は寂しくて、心細かったの。ルティナ、いいでしょう?」
ステラはルティナの返答を待たずに、その手を取った。
それから、広間の出口までルティナを引っ張っていく。
広間の外には、明るい日差しの差し込む庭園がある。
やや古めかしい外観の伝統のある学園の校舎。それから、男子寮と女子寮。礼拝堂と、訓練施設。
図書室に、食堂。庭園に、噴水。
エダート学園は、一つの街のようだ。
「二年前に、エルナン王国にカイネが来たのよね。二年間お城で一緒に過ごしていて、それで、約束をしたの。ほら、サラデイン皇国の人々は魔法が使えて、魔道具が発展しているでしょう? 私もそれを是非学びたいから、十六になったらサラデイン皇国の学園に入学させて欲しいって」
「そうなのですね」
「カイネはあなたのことを、友人だと言っていたわ。カイネの友人なら、私とも友人でしょう? いいわよね、ルティナ」
「……ええ、はい」
「あら? どうしたの? 迷惑だった?」
「そんなことは、ありません。ありがとうございます、ステラ様」
「ふふ、気にしないで。カイネがあなたのこと、人と話すのが苦手な子だって言ってたわ。だから、大丈夫よ。実はね、カイネから、ルティナは人見知りだから、私に友達になって欲しいって言われていたの」
にこやかにステラは言った。
カイネルードから、ステラの話をルティナは一度も聞いていない。
繋がれた手に、居心地の悪さを感じる。
話しかけられて、嬉しい筈なのに。
(駄目。よくないわ。嫉妬はしない。傷つかない。そう決めた)
ルティナは自分に言い聞かせた。
もし悪夢が現実になってしまったとしても――嫉妬をしなければいい。
破滅に向かわなければ、クワイエット家に迷惑をかけることはない。
両親や兄を悲しませることはないのだからと。




