手紙
部屋に戻ったルティナは、文机の前に座って、カイネルードからもらった手紙を取り出した。
宝物を扱うように慎重に、封筒から手紙を抜き出した。
封筒には、よく見ると流れ星が浮かんでいる。白い便箋からは、微かに甘い花の香りがする。
ルティナは便箋に鼻を寄せる。花の香りと、インクの香りがする。
文机に便箋を置いて、指先で文字を一つ一つ辿る。
カイネルードの文字は綺麗だ。けれど、文字の終わりを少し跳ねる癖があるようだ。
それが、カイネルードの明るい笑顔を連想させて、ルティナは口元を綻ばせた。
書いてある文章を、心の中で幾度も反芻する。
それから、一度も使ったことのない便箋を文机から取り出すと、ペンを手にした。
皇国では、インク壺と羽根ペンが主流である。
けれど最近では、魔道具の一つである魔法の万年筆が使われることも多い。
これは持ち主の魔力をインクとして使うもので、インクの詰め替えが必要ない上に、直筆であるという証明にもなる。
魔力によって、インクの色合いが変わるものだ。
ルティナも自分用に一本作ったが、使い道は今までなかった。
手紙をくれる相手も、出す相手もいなかったのだ。
「……手紙、嬉しい」
小さく呟くと、その言葉が胸にじんわりと染み込んでくる。
手紙をもらうと嬉しい。言葉は話すと消えてしまうが、紙に書かれた文字は消えない。
この文章を考えて書いてくれたのだと思うと、余計に嬉しかった。
「きっと、カイネ様も、同じ」
自分に言い聞かせるようにして、そう口にする。
勇気を出すためだ。
今までルティナはずっと受け身だった。
カイネルードが訪れてくれるから、カイネルードと繋がっていられた。
けれど、カイネルードが訪れなくなると、そのつながりは希薄なもの、どころか、消えてしまったように感じられた。
自分から手を伸ばすことは、してこなかった。
ルティナはすっかり臆病になってしまっていて、自分から誰かに関わることを拒否し続けていたのだ。
手を伸ばすのは、勇気がいる。
拒絶を恐れる心が勝って、何もできないでいた。
けれど──。
カイネルードから手紙をもらったら嬉しい。
カイネルードもきっと、手紙の返事をもらったら嬉しいと思ってくれるはずだ。
そう、信じたい。
悪夢などは忘れて。カイネルードを疑うようなことはしたくない。
「……うん」
ルティナは、ペンを手にして便箋の上に走らせる。
魔力のインクがサラサラと文字を綴る。
ルティナの場合は、黒に僅かに星屑のような光沢がある色合いをしている。
『カイネ様。お手紙をありがとうございます。とても嬉しいです』
それから。
『竜の花も、ありがとうございます。大変貴重な素材で、いただけることを嬉しく思います。夜に、カイネ様が来てくださったことに気づくことができず、申し訳ありません。とてもよく、眠っていたようです。もしかしたら、カイネ様の気配を感じて、安心したからかもしれません』
そして。
『お出掛け、楽しかったです。カイネ様がお強くて、とても驚きました。きっとたくさん、努力をなさったのでしょう。お父様と話し合ったことも、お聞きしました。ありがとうございます、カイネ様。私も』
私も、なんだろうか。
私もあなたが好き。
私も、あなたのように強くなりたい。
そのどちらも違う気がした。
『私も、一度の失敗で諦めずに、頑張ることができました。頭痛薬、きちんと作ることができたのですよ』
そこまで書き終えて、ルティナはペンをおいた。
書いてある文章を確認して、あまりの恥ずかしさに手紙を破り捨ててしまおうかという衝動に駆られた。
けれどなんとかそれを押し留めた。
心のままに書いた言葉だ。カイネルードに伝えたいと思って書いたものだ。
だから、このままでいい。このままのほうが、いい。
ルティナはそれから、作業机に向かった。
魔道具の本をいくつか引っ張り出してきて、パラパラと眺める。
「竜の花を使うものは、これ。竜の守護指輪。持ち主の命を一度だけ、守るもの」
そんなものを贈っていいのかと、ルティナはしばらく悩んでいた。
けれど意を決して、作業に取り掛かった。
それは、魔道具作成レベルがかなり高いものだ。
失敗してしまう可能性もある。それに、装飾品系の魔道具は、作るのに時間がかかるのである。
手紙と共にクオンツに持っていってもらうのだとしたら、時間はあまりない。
結局──翌日の明け方まで、ルティナは作業に没頭していた。
材料の調合も大切だが、指輪のデザインも考えなくてはいけない。デザインを考えたら、素材を決めて、それから決めた形に彫らなくてはいけない。
そして、指輪の台座の上に、竜の花といくつかの素材を組み合わせて作った魔石を嵌め込むのである。
指輪と台座は金に。カイネルードは男性なので、変に凝らずにシンプルな指輪にした。
台座の上に、三度目の正直で上手に出来上がった竜の魔石を組み込んだ。
竜の魔石は、赤い宝石である。中に小さく、炎が燃えている。これは、未使用であることを意味している。
命を救う──要するに、危険な外敵から身を守るための守護が発動すると、この炎は消える。
ルティナはようやく出来上がった竜の守護指輪を持って、クオンツの元に向かった。
徹夜をしていたために髪も顔もボロボロだったが、妙に気分は晴れやかだった。




