カイネルードと魔法薬
◇
カイネルードは、王立エダート学園の二年生として学園寮での生活を送っている。
王立エダート学園では皇族といえども他の生徒と同じ扱いになる──というのは建前で、そこには多少の差異がある。
最上階のフロアの大部分がカイネルードの部屋としてあてがわれており、この上階には他には公爵家子息のクオンツと、カイネルードよりも一つ年下の、第二妃アラベルの息子であるアルヴァイスがいる。
サラデイン皇帝は多くの女と子を作る。
これは、より優秀な男児を妃に産ませるためである。
王妃は精霊の加護と出自で選ばれる。そこに自由などはない。
そして、男児が生まれれば王妃の役割はそれで終わりだ。一人の王妃に二人の男児を産ませることはまずない。
正妃の息子が嫡子として選ばれるが、例外もある。サラデイン皇家の持つ光の大精霊の加護がより強い男児が生まれれば、皇位継承権が入れ替わる場合もあるのである。
妃の立場、肉体的な健康、精霊の加護の強さ。
これらを全て加味して皇帝は選ばれる。
当然派閥争いは起こる。王妃間の軋轢もある。そしてそんな状況であるのだから、カイネルードとアルヴァイスはクオンツとルティナのように仲がよい兄弟とはいえなかった。
カイネルードはアルヴァイスをどうとも思っていないが、アルヴァイスはカイネルードを嫌っている。
カイネルードさえいなければ皇帝になれるのだから、カイネルードを疎ましく思うのは当然である。
それに、皇帝は正妃ではなく、第二妃アラベルを寵愛していた。
アラベルやアルヴァイスにとって、カイネルードや正妃ミアの存在は、邪魔でしかなかったのだ。
そんなこともあって、カイネルードは寮ではあまり部屋の外に出ない。
そういった軋轢から逃げたいというわけではないが、できる限り揉め事を起こさないようにしたい。
カイネルードの心はルティナに助けられた日から、ルティナのみに捧げられている。
ルティナを手に入れるためならどれほどの努力も惜しまないつもりだったし、どんなことでもするつもりでいた。
「その花は?」
ルティナとワイバーン討伐に出掛けて、ルティナを自室に送った。
寮の自室に戻ったカイネルードは、ルティナの中で暴れていた魔法薬の魔力を吸い上げた赤い百合をテーブルに飾っている。
カイネルードのために紅茶を用意していた従者のエミリオが、百合の花弁に指を這わせながら口元を綻ばせているカイネルードに尋ねる。
エミリオはカイネルードが幼い時から仕えている従者である。王の補佐役であるルーベンス宮内卿の息子だ。
アッシュブラウンの髪をオールバックにしており、切れ長の瞳が特徴的な背の高い男である。
カイネルードの身の回りの世話は彼の仕事ではないのだが、こうしてお茶を淹れるのはエミリオの趣味である。
「秘密だ」
「秘密、ですか」
「あぁ」
「やけに嬉しそうですね、殿下。殿下がそのように浮かれているということは、ルティナ様関連ですね」
「さぁ、どうだろうな」
花弁に触れながら、カイネルードは考える。
この花は、飾っておこうか。それとも──。
エミリオがテーブルにカップを置いた。琥珀色の紅茶がたっぷり入っており、よい香りがする。
「エミリオ。ワイバーンを討伐し終えた。報告しておけ」
「心得ました。あぁ、それでルティナ様ですね。どこに行っていたかと思えば、ルティナ様を連れてワイバーン討伐に。そんな危険な場所にルティナ様を連れて行っては、クワイエット公爵にまた嫌われてしまいますよ」
「公爵とは、話し合いが済んでいる。もう認めてもらった。だから、問題ない」
「認めてもらったからと、危険な場所に連れ出していいわけではありませんよ」
「まぁ、そうだな。だがどうしても見せたかったのだ。俺の勇姿を」
「女性を振り向かせるためには、花を贈ったほうがよろしいのでは? ワイバーンを殴り倒してきゃあ素敵! なんていう女性は見たことがありませんが」
「ルティは喜んでくれた」
「困っていたの間違いでは……」
エミリオはやれやれと、肩をすくめた。
カイネルードは紅茶に口をつける。いつもと変わらない自室だが、ルティナの体に巡っていた魔力を吸い上げた百合が飾ってあるというだけで気分がいい。
それに、ルティナとの距離が近づいたような気がする。
この四年──ルティナには近づくことができなかったのだ。
もちろん、師匠から言われた一人前の男になるまで、ということも理由の一つだが。
それ以上に大切なことが、カイネルードにはあった。
ルティナには、話すことができない理由が。
寂しい思いをさせてしまった。だが、寂しいと感じていてくれたことが嬉しい。
この想いは、一方的なものではなかったのだと。
「殿下、ルティナ様との婚約、大変喜ばしいですね」
「あぁ。こんなに幸せでいいのかと、疑いたくなるほどにな」
「ルティナ様は、大丈夫そうですか?」
「やはり、俺との婚約は重荷に感じているようだ。だが、その不安を取り払うのが俺の役目だ。不安な思いも、苦しい思いもさせない」
「ええ。ですが、きっと他の貴族たちや古い者たちは、他にも妃を娶れとうるさいでしょうね」
「それを黙らせるのも、俺の役目だな」
カイネルードはルティナから無理やり奪い取ってきた頭痛薬が入った瓶を取り出した。
「殿下、それは?」
「これは……菓子だな」
何をどこまで説明するべきかとカイネルードは考えたが、ルティナのことを誰かに話すことはあまりしたくない。
ルティナのことは自分だけが知っていればいいのだと、どうしても考えてしまう。
それに、ルティナが魔法薬を失敗したとも言うべきではない。
カイネルードは菓子だと言って誤魔化して、瓶の中の錠剤を一粒口にした。
甘く、清涼感のある味が口の中に広がる。
薬だと思って口にしたが、菓子のように美味しい。
喉を流れて胃に落ちてしばらくすると、どうしても己の感情を口にしたいという欲求が迫り上がってくる。
(これは、自白剤のようなものだな)
自白剤はかつて、罪人の取り調べの際に使用されたことのある薬である。
その調合はとても難しく、今はもう作ることができるものがいない。
多大な魔力量と、それを操ることのできる集中力と繊細さが必要な魔法薬だからだ。
「ふ、はは……っ、俺のルティは、素晴らしいな。可愛くて可憐で一生懸命で、あれほどの女性は王国中を探してもどこにもいないだろう。俺は二度も、彼女に命を救われた。今度は俺が、ルティを守らなくてはな。そうだろう、エミリオ」
「そうですね、殿下」
やや疲れたように、エミリオは言う。
カイネルードは魔法薬のせいで心情を全て口にしているのだが。
けれどこれは普段とそう変わらないので、エミリオは特に疑問を持たなかったようだ。
カイネルードはルティナが言っていたことを反芻した。
ルティナは魅了の薬だと言い、カイネルードは正直、媚薬の類だと思っていた。
だが、自白剤だとわかってしまうと。
好きだと言って涙をこぼしていたルティナが、余計に愛しくなった。




