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魅了の魔女だと嫌われている私ですが、光属性の皇子様から溺愛されています  作者: 束原ミヤコ


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心の中に芽生えたもの



 おそらく今のルティナは、首飾りを外したとしても魅了魔法を無自覚にばら撒いたりはしない。


 それでもその力があることに変わりはないのだ。

 こんな恐ろしい力は、使ってはいけない。

 

 人を傷つけるばかりで、いいことなど一つもない。

 何があっても。どんなことが起きても。首飾りを外してはいけない。


 魅了の魔法を誰かに使うなど、もってのほかだ。


(それでも私は、破滅をしてしまうのだろうか。あの夢のように。カイネ様に振り向いて欲しくて)


 体の中を暴れ回っていた何かが強引に抜き取られたような衝撃と脱力感に、ルティナは会話をすることもままならず、ただルティナを心配そうに撫でているカイネルードを呆然と見上げていた。


 幼い頃の記憶が脳裏を巡る。

 皆がルティナを嫌っても、カイネルードだけは「魅了の魔法が僕にかかっていようがいまいが、そんなことはどうでもいい」となんでもないように言っていた。


 家族でもない、他人なのに。

 その上、ルティナよりもずっと身分の高い人なのに。

 ルティナの部屋の窓から入ってきては、「ルティ、出かけよう」と言って連れ出してくれた。

 どうしてだろうと、疑問ばかり頭に浮かんだ。

 カイネルードは友人だからと笑った。

 その輝きに、明るさに、前向きさに。ルティナはとても救われていた。カイネルードがいなければ、ルティナはきっと、もっと駄目になっていただろう。


 疑心暗鬼になり、両親やクオンツの優しさを疑っていたかもしれない。セシアナも拒絶し、本当にひとりぼっちになっていたかもしれない。

 今だって、卑屈で、疑心暗鬼で。自分が嫌いだ。

 それでも薄い皮一枚で世界と繋がることができている。

 それはきっと、無理やり手を引いてくれたカイネルードがいたからだ。


 そして、今も。

 迷惑をかけたのはルティナだというのに、何度も謝ってくれた。

 言葉でも態度でもまっすぐな愛情を感じるたびに心が震える。


 それが嘘だと思いたくなどない。それなのに。


「ごめんなさい、カイネ様。私、変だったのです。先ほどの言葉は、忘れてください」


 丁寧に、ルティナのドレスをカイネルードがなおしてくれる。

 ようやく起き上がることができたルティナは、カイネルードの腕をそっと掴んだ。


「忘れることはできないな」

「そんな……」

「何故、忘れて欲しいんだ?」

「それは、その……あんなはしたない態度も、言葉も。私のものではありません。カイネ様にご迷惑をおかけしてしまいました。お嫌だったでしょう、あんな……」

「ルティはあんな状態だったから覚えていないかもしれないが、俺は本心しか口にしていない。俺に甘えてくれる君が可愛かった。俺を好きだと言ってくれて、嬉しかった。だから、忘れたくない」

「……っ、困ります。どうしていいのか、わからなくて」


 あんなもの、薬のせいでおかしくなっていただけなのに。

 カイネルードのまっすぐな眼差しを見つめ返すことができずに、ルティナは俯いた。

 この感情も、言葉も、疑わなくてはいけないのだろうか。

 

 大切にしてくれる気持ちが伝わってくるのに、ただ悪夢を見たというだけでカイネルードを疑うのは、酷いことなのではないのか。


 気持ちを吐露した時、カイネルードにぶつけた時に、確かにルティナはなんともいえない心地よさを感じていた。

 自分に科していた禁忌を破るような。

 閉じた扉を開いて、欲しかったものに手を伸ばして、受け入れるような。


 心のどこかでは、わかっている。

 ──カイネルードのことを、嫌いになどなれない。

 元々、それは友人としてだが、ルティナは彼が好きだったのだから。


「そうだな。ゆっくりでいい。久々に会った友人が、君が好きでたまらないと言ってきたら、それは困るだろう」

「……私には、もったいないです。カイネ様は、立派な方ですから」

「もったいない? それはおかしい。血筋や立場は俺の一部かもしれないが、それは俺が望んでそうなったわけではない。余計なものを全て取り払ったら、俺は素手でワイバーンを倒せるという、それだけの男だ」

「十分すごいです……」


 ここでその話がまた出てくるとは思わなかった。

 確かに、すごかったのだ。

 本当に素手でワイバーンを殴り倒したのだから。


 思わず口元を綻ばせると、カイネルードは安堵したように小さく息をついた。


「格好よかっただろう、ルティ」

「……はい。素敵でした」


 ルティナは口に手を当てて、くすくす笑った。

 皇国中を探しても、あのような無謀なことをするのはカイネルードぐらいしかいないだろう。

 本当は一番無謀なことをしてはいけない立場なのに。

 けれどそれが、カイネルードらしい気がした。


「やっと、笑ってくれた。……君はいつも可愛いが、笑っている時が一番可憐だな」

「……ありがとうございます」

「もちろん、笑っていなくても可愛い。怒った顔は、見たことがないな。今度、怒らせてみたい。泣き顔は、愛らしいが……他の者には見せたくないな。俺のように君の虜になる男が現れたら困る」

「そんな人は、いません」

「ルティは、わかっていない。舞踏会でも、君を見つめる野獣たちが多くいたのだ」


 何かを思い出したように、カイネルードは眉を寄せる。

 それから、ルティナの頬に手を添えて、顔を近づけた。


「ルティ。……俺以外を、見るな」


 ここには誰もいないのに。

 舞踏会の時と同じことを言われて、ルティナは何も言えずに、頷いた。


 あまりに美しい青い瞳に、心のうちを見透かされている気持ちになる。

 心の奥底に小さく芽生えた恋心に、慈雨が染み込んで芽吹いていくようだった。


 ルティナを家に送り届けたカイネルードは、「失敗は誰にでもあるものだ。だから気にすることはない」と言った。

 それから、家の者には内緒だと指を唇に当てた。

 出かけていたことも。頭痛薬ではない何かを作ってしまったことも。


「これは、もらっていく」

「失敗作です、よくないものですから、いけません」

「君の作ったものだ。捨てるのは勿体無いだろう?」


 失敗した頭痛薬をカイネルードは小瓶に入れると、強引に持って行ってしまった。

 窓から軽々と木に飛び移るカイネルードを見送ったあと、ルティナは放心したようにベッドに座り込んだ。


 ウリちゃんが腹立たしげに、カイネルードの消えていった窓の下の床を、カリカリと引っ掻いていた。



 

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