魔力除去
カイネルードの手の平が体をすべる度に、そこにあるくらりとするような甘さにルティナは溜息のような吐息を漏らした。
小さく言葉にならない声が漏れるのが恥ずかしく、両手で口をふさぐ。
(私、何をしているのかしら。私たち、何をしているのだっけ……)
熱に茹だる頭はまるで働かず、瞳を開いても閉じても、そこにあるのは無機質な天井と暗い瞼の裏側だけだ。
指先に唇が触れる。手首に柔らかく、ぬるい感触がある。
太腿から脇腹までを大きな手に撫であげられて、ルティナは体を身じろがせた。
「カイネ様……何を、なさるのですか……?」
「皇国は精霊に祝福を受けた土地。ここはかつて、精霊たちが住んでいた幻想の大地。そこに我らの祖先は住んだ。精霊たちは我らの祖先に己の祝福を与えて、精霊界に姿を消した」
「ん……」
「それ故、皇国でとれる作物や薬草などには、土地の魔力が多く含まれている。その素材を使用して魔法薬はつくられるわけだが、少し材料や分量を間違えるだけで、想定外の効果を持ってしまう場合もある」
淡々と紡がれるカイネの声が、子守歌のようだった。
眠気はない。寧ろ――頭は働かないのに、感覚は鋭敏になっている。
心の内を一方的に相手にぶつけた。秘密を吐露してしまうことは何ともいえない甘美な快楽を脳に齎した。
脳髄がとろりととろけていくように心地よく、同時にわずかな理性に胸が締め付けられる。
こんなことは、言いたくなかった。
それは、羞恥心だ。
激しい羞恥に瞳が潤む。
「ルティ。君には恐らく才能と適正がある。いや、努力の結果か。ともかく、君の作った薬は頭痛薬ではない。魅了も、違う。だが、君は俺に魅了をされていると勘違いをしてくれた。……惜しいな」
「惜しい……正解に、近いのですか……?」
「その、惜しいではない。俺に甘えてくれるルティを長く味わいたい。できれば、常日頃から甘えてくれると嬉しい。俺は、大歓迎だ」
「……カイネ様、っ、いけません……っ」
ドレスの中央に並んでいるボタンが外されて、ルティナの白い肌が露わになる。
夕方の光の中で僅かに発光しているようにさえ見えるきめの細やかな肌に、僅かに浮かぶ肋骨の形。
薄い腹の中央にある小さな臍の窪み。
その腰は、カイネルードの手の平ですっかり覆ってしまえるほどに、細く頼りない。
なだらかな曲線を描いている双丘は、レースの下着に包まれている。
ルティナはあまりのことに、両手でその場所を抱きしめるようにして隠した。
「体を巡る魔力を浄化する。神殿での治療のことだな。有害な魔力や毒を消すためのものだ。例えば、ルティの魅了も、浄化によって除去できる」
「……カイネ様、見ないでください。私、恥ずかしいです……」
「すまないな。できる限り、見ないようにしている」
「ごめんなさい。違うのです。……見て、いいです。私、あなたが好き。だから……」
「……まずい」
カイネルードに謝らせてしまった。
そのことにルティナは慌てる。拒絶したいわけではないのだ。
ただ、恥ずかしいだけで。
――そう。ただ、恥ずかしいだけ。恥ずかしくて、いたたまれなくて。
(カイネ様がそうしたいというのなら、私は……)
「すまない、ルティ。すぐに済ませる。少し、耐えていろ」
やや乱暴に、カイネルードの手がルティナの髪を撫でる。
どこか、子犬を撫でるような仕草だった。
手のひらが、ルティナの胸の下あたりに触れる。下腹部よりも少し上のあたりだ。
「体を巡る魔力を除去するためには、できることなら直接皮膚に触れることが好ましい。神殿では禊といって、魔力除去の魔法を施した水の中に入らせるのだが……神殿には連れていきたくない。すまないな」
ルティナの腹部から、ぽこりと百合の花が咲いた。
それは皮膚を貫くようにはえているように見えるのだが、痛みはない。
白い百合の花が、じわじわと薄桃色に染まっていく。
体の中から何かが吸い取られていく感覚に、ルティナは小さな呻き声をあげた。
「ぅ、ぁ……」
「もう、終わる。ルティ、辛いな。すまない」
「……カイネ様、ごめんなさい」
「謝らなくていい。……だが、俺が一緒の時でよかった。これは、俺とルティだけの秘密だ」
「秘密……」
「あぁ。クオンツにも言ってはいけない」
花が桃色から赤に染まりきり、カイネルードはその花を根本からぷつんと手折った。
軽く手を握る仕草をすると、赤く染まった百合の花が消えていく。
長い距離を走ったあとのように、ルティナの体はしっとりと汗ばみ、促迫した呼吸を繰り返した。
額にはりつく髪を、カイネルードの指が払う。
驚くほどに至近距離にカイネルードの体がある。
耳元で「大丈夫か?」と尋ねられて、ルティナは体を竦ませた。
「……カイネ様、私」
「疲れただろう。浄化は終わった。もう、薬の効果は切れたはずだ。体に、おかしなところはないか?」
「ごめんなさい……っ」
記憶は、残っている。
すっかりおかしくなっていたときの記憶だ。
なんて姿を見せてしまったのだろうと青ざめる。
そして――あの時魅了をしてしまった友人たちが味わった屈辱や羞恥や怒りを、ルティナは自分の身をもって理解したのだった。




