つくりなおし
その日は、悪夢をみなかった。
久々にぐっすり眠れたような気がして、ルティナはベッドの中で華奢な四肢をぐぐっと伸ばした。
(こわい夢、見なかった。……カイネ様の、おかげ……?)
隣ですやすや眠っているウリちゃんを撫でて、ルティナは昨日のことを思い出す。
あんな――恥ずかしい姿を見せてしまったのに、カイネルードは大丈夫だと言って助けてくれた。
ルティナの失敗を誰にも言わないと。
唇に指をあてて、「秘密」だと言ってくれた。
その仕草を思い出すと、体が熱くなる。
恋をしてはいけないと、分かっているのに。
朝には相応しくない重たい溜息をひとつついて、ルティナは仰向けから、ころんと横になる。
まだ眠気の残る瞼をゆっくりと開くと、ベッドの横の飾り棚には柔らかく光るランプのような形をした花が飾られている。
「……竜の花!」
ルティナはがばっとはね起きた。
それは竜の巣のみにはえるという、竜の潤沢な魔力を吸って変化をした植物である。
竜の巣は、人の手が届かないような悪所にある。
その上、竜というのは魔物の中でも恐ろしく強い。カイネルードはワイバーンをウサギを狩るように簡単に倒していたが、あんなことは普通はできない。
竜の巣に入れば、当然竜と戦うことになる。そのため、竜の花とは手に入りにくい希少な素材なのである。
「こんなにたくさん……すごい」
ベッドから降りたルティナは、花弁に触れてみる。
強い魔力を宿した花は、揺れる度に光の粒子をその花弁に纏わりつかせた。
「カイネ様が……?」
寝ている間に来たのだろうか。カイネルードは転移魔法が使えるので、ルティナの部屋に入り込むことはたやすいだろうが、気配に全く気付かなかった。
眠っている姿を見られたのだろうか。
悪夢を見なかったのは、カイネルードが傍にいてくれたからなのだろうか。
真夜中の記憶はない。想像でしかないが、そう思うとくすぐったい。
ルティナは胸をおさえた。カイネルードに対して芽吹いた気持ちが、どんどん膨らんでいってしまう。
友人としての好きが――男性として、意識してしまっている。
髪や、指先に触れる唇の感触が、肌をすべる手のひらの感触が。
ルティナが愛しい、特別だと、感情を伝えてくれているようで――。
「……私、何を思い出しているのかしら」
知らず、甘い吐息を吐き出してしまい、ルティナはぶんぶんと頭を振った。
竜の花は、その内包する魔力の為に、摘んでも枯れるということはない。
ルティナは少し考えて、その花を数本花瓶から抜くと、作業机に持っていった。
作業机の上に置いてある瓶に花をさして、椅子に座る。
よく眠ったために、頭がすっきりしている。
昨日作った頭痛薬が乗っている魔法薬の本を取り出すと、ページをめくった。
失敗をして、カイネルードに迷惑をかけてしまった時、その罪悪感からルティナは二度と魔道具はつくらないと、頑なに思った。
けれど、気にする必要はないとカイネルードが言ってくれた。
失敗は誰にでもあると。
「何を間違えてしまったの……?」
カイネルードの言葉に、勇気を貰ったような気がした。
失敗に落ち込んで何もしないのではなく、原因を探さなくてはいけないと。
ルティナは、魔道具を作ることが好きだ。一度の失敗で、それを手放してしまいたくない。
そんな風に――何かに対して懸命になるのは、はじめてのことだ。
いつもすぐに、諦めてしまっていた。
「……これ?」
頭痛薬のページの注釈に、小さな文字で注意書きが入っている。
『銀月の雫の分量を間違えると、薬の安定化がなされない。別の薬になる可能性があり、注意が必要』
なるほど、これである。
細心の注意をはらっていたつもりでも、あの時のルティナは悪夢のことやカイネルードのことが頭の隅にずっとあった。
そのため、分量を間違えてしまったのだろう。
もう一度だと、一つ一つを確認しながら、頭痛薬をつくる。
粉末剤のかたどりが終わったところで、セシアナが扉をノックした。
「お嬢様、朝ですよ」
「起きているわ。入って」
「おはようございます、お嬢様。朝一番に、殿下からお手紙が届きましたよ。こちらに置いておきますね」
カイネルードとは昨日会ったばかりなのに、手紙が来た。
何か話をしそびれたのだろうか。
不安と期待に胸が膨らむ。どうにも昨日から、感情が不安定だ。
好きだと伝えてしまったことが、心の箍を外してしまったみたいに。
ルティナはセシアナにより身支度を整えられた。
軽い朝食を済ませて、固まった錠剤を一粒口にしてみる。
味の調節もしておいたので、お菓子よりは甘すぎず、薄荷のすっとした味が鼻に抜ける。
効果を確かめながら、カイネルードの手紙を開いた。
『ルティ、おはよう。昨日はとても楽しかった。また、出かけよう。それから、竜の巣で花を摘んできた。夜のうちに君の部屋に届けて置いた。君の寝顔がとても可愛らしくて、ずっと見ていたかったが、安らかな眠りの邪魔をするわけにはいかない。眠る君に悪戯はしていないから、安心して欲しい』
やはり、真夜中に届けてくれたのだ。
夜中に一人でうろつくなど危険ではないのかと心配になる。
けれど、カイネルードなら大丈夫という気持ちにもなる。
ルティナはその美しい文字を読みながら、口元をほころばせていた。
綺麗に手紙をたたんで、封筒に入れる。
それから、大切に文机の引き出しにしまい込んだ。
「……今回は、大丈夫そう」
頭が軽い。肩から首、頭がすっきりしている。
昨日のような妙な体の変化はない。
「……ありがとうございます、カイネ様」
ルティナは文机を撫でた。
手紙の返事を、書こう。でも、何を書いたらいいのだろう。
誰かに手紙を書いたことは、一度もない。今日で休日は終わり、明日からクオンツは学園寮に戻る。
届けてもらってもいいだろうか。
妙に浮足立った気持ちで、ルティナは魔法薬を瓶につめた。
それから、父に渡すために部屋を出たのだった。




