怒るウリちゃん
夢の続きだ。
――今度はルティナに優しいカイネルードの夢を見ている。
心の底では、そんなものを切望しているなんて。
まるで、愛されたいのだと必死のまざまざと見せつけられているようで、苦しい。
「すまない。寝ているお姫様があまりにも可愛くて、つい、悪戯をしてしまった」
「……カイネ様。……もう、夢に出てこないで、欲しいのに」
「ルティ?」
「……っ、カイネ、様……!?」
夢と現の境の中で小さな声で呟くと、秀麗な顔が近づいて名前を呼ばれる。
驚くほどに長い睫毛が頬に影を作る。先を促すような熱心さで伏し目がちにルティナを見つめる空色に、吸い込まれてしまいそうになる。
壊れやすい硝子細工にでも触れるように、慎重にカイネルードの指がルティナの頬に触れる。
顔にかかった黒髪を耳にかけられて、目尻を指先が掠めた。
そのあたたかさに、これは夢ではないのだとようやく気付いた。
ルティナの驚きに見開いた瞳を覗き込んで、カイネルードは明るい笑みを浮かべる。
「ルティ。おはよう、俺の眠り姫。……夢とは?」
「カイネ様、どうしてここに……?」
「窓から」
「窓から……」
確かに窓は、開いている。
けれどもう誰も訪れない。そう思っていたのに。
「……カイネ様はもう大人なのですから、窓から入ってきてはいけないのですよ」
「懐かしいな。以前もそうして俺を叱ってくれていた」
「叱っているわけでは……」
「分かっているよ、ルティ。君のその真面目なところが好きだ。それから、驚いた顔も」
くすくす笑いながら、カイネルードはルティナの髪に指を絡める。
それからもう囁くような甘く低い声で、一度「夢に、俺が?」と尋ねる。
まさか悪夢を見ているなどとは伝えられない。あなたに処刑をされるのだと言ったら、カイネは深く傷つくだろう。
誰にも言ってはいけない。これは、心の奥底にしまっておかなくてはいけないことだ。
「……ごめんなさい。寝ぼけていて。夢を見ているのかと思ったのです」
「それは俺が眠る君に触れたからだな」
「ええ、多分……」
何とか、ごまかせたようだ。
カイネルードはルティナの頭を軽く撫でて立ち上がる。それから、部屋に置いてある作業机に気づいて、傍に寄った。
ルティナは慌ててその後を追いかける。
魔道具は、家族とセシアナにしか見せたことがない。
本当に、趣味程度のものなのだ。見られることが、恥ずかしかった。
「カイネ様、いけません。見ないでください……」
「駄目か、ルティ?」
「は、はい。恥ずかしいので……」
「これは、魔道具だろう。君が作った? ここにあるのは、魔法薬か」
「駄目です……っ」
ルティナは、カイネルードの腕を引っ張った。
けれどカイネルードは軽々とルティナを片手に抱き込んで、その動きを封じてしまう。
「これは、何の薬?」
「お父様が、頭が痛いとおっしゃって。魔法薬の手解き第三項にある、頭痛薬を作りました。でも、まだ試作段階で」
「すごいな、ルティ。魔法薬を作るには、安定した魔力量が必要不可欠だ。素材の力が強いからな」
「い、いえ。誰でも作れるもので」
「謙遜は、君の美徳だな。作業机は、俺がここにきていたときは、なかったものだ。ルティ、俺の知る君は魔道具は作っていなかった」
カイネルードの腕の中で、ルティナは頷いた。
ルティナの頭はカイネルードの胸の下あたりに埋まっている。
離れようとしたが、カイネルードの体はもがいてもびくともしない。
「俺に会えなくて、寂しかったか、ルティ」
「何故、そうなるのですか……」
「寂しさを紛らわすために趣味を持ったのだろう? しかし、趣味にするには惜しいな。ここに置いてあるランプも、装備品も、どこから見ても一級品だ」
「それは、贔屓目というもので……あの、離していただけませんか?」
ぐいぐい抱きしめられて、ルティナはカイネルードの胸を押した。
カイネルードに近づかないようにしようと決めたのに、これではルティナの決意など、何の意味もないものになってしまう。
「嫌だと言ったら?」
「こ、困ります、私……」
「ルティ。今日は君を攫いにきた。遊びに行こう」
「え、あ……っ」
がぶっと、ウリちゃんがカイネルードの腕に噛み付いた。
この光景は、以前にも見たことがある。
カイネルードはルティナを離して、空いた片手でウリちゃんを抱きあげると、その耳や頭をぐりぐり撫でた。
「ウリちゃん、カイネ様を噛んではいけないわ……!」
「あはは、大丈夫だ。痛くはない。以前も同じだな、聖獣は、君を俺にとられるのが嫌なのだろう。嫉妬だな」
「嫉妬、ですか……」
このところ、その感情についてばかり考えていたルティナはどきりとした。
カイネルードはウリちゃんの耳を指先で挟むように撫でる。
やはり、カイネルードはウリちゃんに触ることができるようだ。
ルティナは自分の耳を押さえた。
その長く無骨な指に、触れられているかのように感じられる。
「あ、あの……カイネ様、あまり、触らないでください」
「可愛くて、ついな」
「なぜ、ウリちゃんに触れるのですか? 他のものは、触れないのに」
「何故だろうな。俺が、ヴァレリーと同等の加護を持っているからかもしれないが、まぁ、あまり気にすることでもない」
「触られると、なんだか……恥ずかしいのです」
「聖獣と君は繋がっているからな」
カイネルードはウリちゃんをルティナに渡した。
それから、ルティナの両肩を優しく掴む。
かつて何度も経験した転移魔法に身を包まれるのを感じて、ルティナはきゅっと腕の中のウリちゃんを抱きしめた。




