二人きりの物見台 2
ルティナは膝の上に置いた手をきつく握りしめる。
その手をカイネルードは取って、長い指先でゆっくりと開かせた。
それから、手のひらを重ね合わせて、指を絡ませるようにして繋いだ。
「本当はずっと、悩んでいたんだ。フォドレアの遺跡でルティに怪我をさせてしまった日から。あれは、俺のせいだ」
「あの時は……私が余計なことをしたばかりに」
「余計なことではない。あの時ルティが助けてくれなければ、俺は死んでいたかもしれない」
「そんな。カイネルード様は、光の大精霊様の加護をお持ちです。ですから、そんなことには」
「若かったのだ。自分にはなんでもできると、驕っていた。だから油断をしたし、君を連れて危険な場所に行った」
ルティナにとってカイネルードは、明るく自信に満ちた光り輝くような人だ。
悩んでいるなんて全く気づかなかった。
あの事故の後も、カイネルードは相変わらずルティナの元に忍び込んできたし、部屋にこもっていたルティナは強引に連れ出されていたのだから。
「俺は、本当に子供だった。ルティが助けてくれなければ、今こうして、五体満足でここにいることなどできなかっただろう。死んでいた可能性があったということも本当だ。それぐらい、フォドレアの遺跡とは恐ろしい場所だった。わかっていなかったんだ」
握られた手のひらが、指先が、あたたかい。
謝罪の言葉はあれから何度か口にしてもらった。確かに、心配してくれていた。後悔していたことは伝わっていた。
けれど、あれからもう十年近く経っている。
まるで別人のように成長をしたカイネルードの口にする後悔と自責は、かつて聞いたどの言葉よりも重みがあるものだった。
ルティナが他者を恐れている間、カイネルードは明るく振る舞いながらもルティナに対する罪の意識に苛まれていたのだ。
全く気づかなかったことが、申し訳ない。
そんな重荷を背負わせてしまっていたことが、もっと申し訳なかった。
「……それでも、カイネルード様は私に首飾りをくださいました。私はそれで、とても救われたのです」
「魔力を制御する……封じるというのは、苦しいことだろう?」
「いえ。もう、慣れました。首飾りを外したことはありません。外すつもりもありません」
「……そうか。俺の贈ったものを肌身離さず身につけてくれているというのは、嬉しいものだが」
カイネルードはルティナの手を引き寄せると、指先に軽く唇をつける。
ルティナはぱくぱくと唇だけを動かした。
頬が熱く、あまりのことに瞳が潤む。男性からそんなことをされた経験は一度もない。
そもそも男性の知り合いなど、父と兄以外にはいないのだ。当然である。
「当時の俺は、それがルティにとって最善だと考えていた。要するに、格好をつけたかったのだ。大した実力もないくせに、大きいことばかりを言っていた。そして、君に怪我をさせた」
「大した怪我ではありませんし、気にしなくてもいいのですよ」
「……君が気にしなくても、俺は気にする。俺は、強くならなくてはと思い……留学をしたのだ」
「師匠がいたとおっしゃいました」
「あぁ。エルナン王国は、魔法が発展していない代わりに武力が発展している国だ。サラデインは皆が魔法を使えるために、あまり肉体を鍛えることはしない。自分を磨くためにあの国にいった。もちろん、外交も目的のうちではあったが」
そこまで言って、カイネルードは深く息をついた。
「二年。体を鍛えて、師匠にも魔法を使用せずにある程度は対抗することができるようになった。もうルティに会いにいっていいかと思っていたが、ワイバーンを素手で倒せない男など、好きになる女はいないと言われてしまってな」
「エルナン王国の女性は、強い男性が好きなのですね」
「強い男が嫌いな女性はいないだろう? ルティも、俺の姿を見て惚れ直したのではないか?」
「惚れ直す、というのは……」
「ワイバーンを素手で倒す俺の勇姿を今度見てくれ。きっと俺のことが好きになる」
「危険なことは、しないでください……」
冗談を言っているようには聞こえなかった。
カイネルードは本当に、嘘をついてなどいないのかもしれない。
つまり、素手でワイバーンと呼ばれている、危険度の高い翼竜の姿をした魔物を倒してきたのだ。
そうして師匠の許可を得て、ルティナに婚約を申し込み、今日を迎えたというわけである。
なんて、荒唐無稽なことを考えて、ルティナは軽く首を振る。
それならばまだ、ルティナの監視のために婚約者になったのだというほうが現実味がある。
「危険ではない。余裕だ。これで、君を守ることができる。堂々と、君の傍にいることができる」
「……カイネルード様」
「ルティ。本当に、会いたかったんだ。監視の話は、嘘だ。あれは貴族たちを黙らせるためのもの。大丈夫、もう俺が余計な口を出させたりはしない。というか、だ。俺は心配だ、ルティ。どうしてそんなに、美しく可憐に育ってしまったんだ? ルティを見ることができるのは、俺だけでいいのに」
「……カイネルード様?」
「あの場にいたものたちの顔を見たか? 飢えた肉食獣のようだった。皆、君の愛らしさに夢中だった。ルティ、そのような肌を出すドレスはいけない。もちろん可愛いしよく似合っているが、見せたくない」
「何をおっしゃっているのですか……」
自責と反省はもう終わったのか、カイネルードの声に明るさが戻っている。
困り果てながらも、ルティナはカイネルードと、子供の頃のように全く緊張することなく会話を続けていることに気づいていた。
カイネルードは昔から、ルティナの張り巡らせている壁を簡単にぶち抜いてくるのだ。
今も、そう。
いつも、そうだった。
「俺はいつだって真剣だよ、ルティ」
「……カイネルード様は、私などを娶るべきではありません」
「俺がルティをずっと好きだったことを、知らなかった?」
「……そ、そんなことを、言われましても……」
カイネルードのもう片方の手が、ルティナの頬に触れる。
頬を撫でて、髪を撫でる。
どこを見ていいのか分からずに視線を彷徨わせていたルティナは、熱心に注がれる視線と不意に目が合ってしまい、まるで吸い込まれるかのように目を逸らせなくなってしまった。
「では、これから思いしって。魅了の力など使わなくても、ルティの虜になっている男がいることを」
「……あ、あまり、恥ずかしいことをおっしゃらないでください。私、どうしていいか」
「……可愛い」
カイネルードは困ったように目を伏せて「戻りたくないな」と呟いた。




