チキンのトマトハーブ煮込み 後編
隆一は、手元に残った温くなりかけたビールを握りしめたまま、蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
カウンターの向こうでは、玲奈が腕を組んだまま、仁王立ちで隆一を刺すような視線で見下ろしている。
「……玲奈ちゃん」
恐る恐る声をかけると、玲奈は「フンッ」と鼻を鳴らしてぷいっと横を向いた。
「な、なんだよ……そんなに睨むなよ……」
「別に。何も睨んでません。隆一さんが“色っぽい大人の女性”と楽しそうに乾杯して、鼻の下をデレ〜ッと伸ばしていらっしゃったなと思って見ていただけです」
語気にはっきりと棘がある。玲奈の嫉妬は、完全な臨界点に達していた。
「玲奈ちゃん……相手は既婚者のママ友さんたちだよ。下心なんか本当にないから……!」
「別に! 下心があろうがなかろうが関係ありません! 隆一さんが楽しそうに鼻の下を伸ばして、デレデレ乾杯してらっしゃった事実が変わるわけじゃないですから!」
「デレデレなんてしてないって……」
「大体っ! さっきから甘い声で『玲奈ちゃん、玲奈ちゃん』って……っ! そうやってすぐ名前を呼んで誤魔化そうとしたって騙されませんからね! ……ちょっと優しく接してあげたからって、私をすんなり許せると思わないでください!」
言葉の弾丸をマシンガンのように叩きつけ、ぷくーっと頬を膨らませる玲奈。
その怒り顔すら眩しくて、隆一の頭の中は完全にパニックを起こしていた。
昨夜の百合ママの言葉、逃げ出そうとした自分への恥ずかしさ、そして目の前で真っ赤になって怒る玲奈への愛おしさ——全ての感情が限界突破し、思考の回路がショートする。
グルグルと渦巻く脳裏から、一番取り繕わなければいけない「本音」が、フィルターを通さずにそのまま口から飛び出していた。
「……玲奈ちゃん」
「なんですか! まだ何か言い訳が——」
「好きだ」
「……え?」
ピタリと、マシンガンが止まった。
カウンターの中に、しんと静まり返る沈黙が降り立つ。
先ほどまでの黒いオーラは一瞬で霧散し、玲奈は目を丸くしたまま、フリーズしていた。
(……あ。俺、今……なんて言った……?)
自分で発した言葉の意味を理解した瞬間、隆一の顔が一気に沸騰したように熱くなる。昨夜あれほど「自分の口で言わなきゃダメだ」と思っていたはずなのに、まさかこんなタイミングでストレートにぶちけてしまうなんて。
気まずさと恥ずかしさで死にそうになりながら、隆一はかろうじて玲奈の顔を見つめ返した。
アイボリーのニットに包まれた玲奈の華奢な肩が、かすかに震えている。
ぽかんと開いていた彼女の唇がキュッと結ばれ、白かった頬が、みるみるうちにダスティピンクのスカート以上に真っ赤に染まっていく。
玲奈はギュッと目を瞑ると、照れを隠すように両手で顔を覆い、蚊の鳴くような声で呟いた。
「……バ〜カ」




