第5話:Fランクの魔力測定 〜本気で手加減した結果、なぜか測定器がマイナスを叩き出す〜
王立魔法学園の恒例行事、全校生徒を対象とした『魔力測定テスト』の日がやってきた。
大講堂の中心に設置されたのは、対象者の魔力量を数値化して光の強さで表す、国宝級の巨大な魔力測定水晶である。
「次、Bランク、ルイス。魔力値8,500。良好だ」
「っしゃあ! これならAランク昇格も近いぜ!」
次々と生徒たちが水晶に触れ、一喜一憂する中、最後列に並ぶレイは大きなあくびを噛み殺していた。
(あーあ、だるいな。入学式の時の測定じゃ、俺の魔力に水晶が耐えきれなくてショートしたんだよな。それを『魔力ゼロで機械が反応しなかった』って勘違いされたから良かったものの……)
もし今回、また水晶をショートさせたり、うっかり規格外の数値を出してしまったりすれば、面倒なことになるのは確実だ。
自分の平穏な学園生活(と、昼休みの焼きそばパン)を守るため、レイは固く決意した。
(今回は絶対に、完璧に魔力を抑え込む。何が何でも、水晶をピクリとも反応させない……!)
やがて、レイの順番が回ってきた。
「次。Fランク、レイ。……前へ出なさい」
実技担当教師の呆れたような声に、周囲の生徒たちからクスクスと嘲笑が漏れる。
「おい見ろよ、万年Fランクのお出ましだぜ」
「どうせまた『ゼロ』だろ? 時間の無駄だっての」
「魔力が無いのに魔法学園にいるとか、どんな罰ゲームだよ」
痛いほどの嘲笑を浴びながらも、レイの心は凪のように平穏だった。(むしろ、このモブ扱いこそが彼にとっての極上のオアシスなのだ)
レイは水晶の前に立ち、そっと右手を伸ばした。
そして、かつて魔王の放った滅びの呪文を相殺した時以上の集中力で、自身の魔力を『完全に無』へと抑え込んだ。
毛穴の一つ、細胞の一つからすら魔力が漏れないよう、極限の密閉状態を作り出す。
――その瞬間。
ピキッ……。
巨大な水晶が、奇妙な音を立てた。
通常なら測定者の魔力に呼応して眩く輝くはずの水晶が、なんと光を失い、どす黒い漆黒へと染まり始めたのだ。
それだけではない。講堂内の空気が一瞬だけ歪み、周囲の照明が一斉にフリッカー(明滅)を起こした。
「な、なんだ!? 水晶の色が……!」
「おい、数値板を見ろ! 針が逆回転してるぞ!?」
教師が慌てて確認した測定器の数値板には、あり得ない文字が刻まれていた。
『 -(マイナス) 』
「……は?」
教師は眼鏡を外して目を擦り、もう一度見た。しかし、何度見てもマイナスだ。
「ぷっ……あはははははっ!!」
静まり返った講堂に、一人の生徒の大爆笑が響き渡った。
「マイナスって! ゼロどころかマイナスって! おいレイ、お前どんだけ魔力無いんだよ!」
「測定器から魔力吸い取ってんじゃねーか! 逆ブラックホールかよ!」
「やーい、マイナス野郎! Fランク以下のGランク爆誕だな!」
講堂は爆笑の渦に包まれた。教師も呆れ果ててため息をついている。
「……レイ。結果はマイナス……つまり測定不能のFランクだ。席に戻りなさい」
「はい、すんません」
(よしっ! 完璧な手加減! これで俺はこれからも平和なFランクだ!)
レイは心の中でガッツポーズを決めながら、足取り軽く列の最後尾へと戻っていった。
――しかし。
講堂の2階席、特等席からその一部始終を【魔眼】で観察していたSランク生徒会長、アリシア・フォン・カルディアだけは、ガタガタと全身を震わせていた。
「嘘……でしょ……?」
アリシアの魔眼は、水晶に触れた瞬間のレイの身体で起きた『真実』を完璧に捉えていた。
彼は魔力が無いのではない。自身の膨大すぎる魔力を『絶対的な無(真空状態)』になるまで内側に圧縮したのだ。
自然界において、極端な真空状態は、周囲の物質(魔力)を猛烈な勢いで吸い込もうとする。
レイの身体はあの瞬間、大気中の魔力、さらには国宝級の水晶に宿る魔力すらも無意識に『吸収』していたのだ。
だから測定器は、魔力を感知するどころか奪われ、『マイナス』を弾き出した。
(自身の魔力をゼロに偽装するだけでも神業なのに、周囲の空間の魔力すら喰らい尽くすなんて……! もしあの圧縮された魔力が一気に解放されたら、この王都ごと地図から消滅するわ……ッ!)
「やはり、彼を野放しにしておくわけにはいかないわ。私が……私がもっと近くで監視しなければ……!」
アリシアは『レイ君観察ノート(5冊目)』に、震える手で新たなページを書き加えた。
『レイ・マイナス(世界を喰らう者)事件』と。
一方のレイは、席に戻ってのんびりとあくびをしていた。
(今日の昼飯、マイナス記念に焼きそばパン2個買っちゃおうかなー)
最強を隠したい少年と、彼の底知れぬ力に怯え(惹かれ)続ける少女。
ちっとも平穏じゃない勘違い学園生活は、ますます加速していく。




