第23話:深淵の襲来 〜Aランクの熱血漢の乱入と、パンを買って帰るバケモノの足音〜
中庭に、アリシアの放つ極低温の吹雪と、教団幹部モルゴスの漆黒の魔力が激しく衝突する。
SランクとSSランクの魔力衝突。しかし、その力関係は残酷なほど明白だった。
「くっ……!」
アリシアの氷がドロドロに溶かされ、余波で彼女の身体が後方へ弾き飛ばされる。
クラウスやセリアたちも満身創痍だった。彼らの決死の連携をもってしても、SSランクの分厚い魔力障壁にヒビを入れるのがやっとである。
「王のお戻りまで、あと三十分……! ここで我々が倒れれば、レイ様が不快な思いをされる!」
血を流しながらも、全く折れることのない狂信的な瞳。モルゴスは、その異様な執念に薄気味悪さを感じていた。
「こいつら、自分の命よりも『王』とやらを優先しているというのか……? 狂人どもめ。ならば、一思いに消し炭にしてやろう!」
モルゴスが両手に莫大な闇魔力を収束させ、学園全体を吹き飛ばすほどの極大魔法の態勢に入った。万事休すかと思われた、その時。
「——俺のダチの昼寝場所を、勝手に壊してんじゃねえェェェッ!!」
上空から、燃え盛る炎を纏った一筋の流星が降ってきた。Aランクの熱血漢、ザックである。
「【爆炎竜の鉄拳】!!」
「ぬぅおッ!?」
不意を突かれた物理と炎の強烈な一撃が、モルゴスの魔力障壁を激しく揺るがした。
「へっ、エリート揃いの生徒会サマが随分とやられてるじゃねえか! Fランクのレイのヤツ、今はパン買いに行ってていねえんだろ? あいつが帰ってきた時に学園がボロボロだったら、また面倒くさそうな顔するに決まってる。ここは俺も混ぜろ!」
「……フン。野蛮なAランクですが、今回ばかりはその暴力に感謝します」
アリシアが立ち上がり、クラウスたちも再び魔力を練り上げる。
「ザック君、貴方が前衛で引き付けなさい! 私たちがその隙に、最大の魔法を叩き込むわ!」
Sランクのアリシア、Aランクの役員たち、そしてザックによる決死の反撃。ザックが猪突猛進に殴りかかり、クラウスの風とセリアの魔弾が視界を奪う。そして、アリシアが命を削るように練り上げた『氷の聖剣』が、ついにモルゴスの障壁を貫き、その肩口を深く切り裂いた。
「ガ、アァァァァッ!! おのれ、ガキどもがァァァ!!」
痛みに激高したモルゴスが、空に浮かぶ魔法陣から学園中を飲み込むほどの特大の呪いを生み出し始めた。
まずい、アレを撃たれたら学園ごと消し飛ぶ。生徒会もザックも、もはや魔力が底をつきかけていた。
——しかし。モルゴスが魔法を放とうとした、まさにその瞬間。
『……ッ!?!?』
モルゴスの全身の毛穴が、ブワッと一斉に開いた。
学園の正門の方向から、彼のSSランクの魔力感知器官を破壊せんばかりの、絶対的で理不尽な『バケモノのプレッシャー』が急速に近づいてくるのを感じ取ったのだ。
(な、なんだこの波動は!? まるで、世界そのものが歩いてくるような……! この学園に、こんな化け物が隠れ住んでいたというのか!?)
今ここでトドメを刺せば、間違いなくあの『化け物』の標的になる。幹部としての本能が、激しく警鐘を鳴らしていた。
「……ク、ククク。どうやら、時間切れのようだな。今日のところは、一時休戦としてやろう。命拾いしたな、学生ども!」
言い捨てるや否や、モルゴスは闇に紛れてものすごいスピードで逃走していった。
SSランクの脅威が去り、アリシアたちは血だらけのままその場にへたり込んだ。
数分後。
「あー、メロンパンの行列、マジで長かったわ。……ん? お前ら、中庭で何やってんの? ボロボロじゃん」
限定のメロンパンを片手にかじりながら、灰色のネクタイを締めたレイが、愛犬を引き連れて帰ってきた。
地面にへたり込むアリシアたちと、大の字に倒れるザック。見れば全員が激しく傷つき、息も絶え絶えになっている。
「レイ様……! 申し訳ありません、王の御前でこのような無様な姿を……」
アリシアが痛みに顔を歪めながらも、必死に膝をつこうとする。
ザックも「へへっ、お前の寝床は死守したぜ……」と笑いながら咳き込んだ。
レイは彼らの惨状と、荒れ果てた中庭を見渡して、小さくため息をついた。
面倒くさがりな彼だが、自分のためにここまでボロボロになった彼らを冷たく突き放すほど薄情ではない。
「……お前ら、無茶しすぎだろ。ホント、世話が焼けるな」
レイはメロンパンを咥え直すと、空いている片手を軽く振った。
「【広域ヒール】」
無詠唱かつ無造作に放たれた、レイにとってはただの軽い回復魔法。
しかし、規格外の魔力によって紡がれたその光は、黄金の粒子となって中庭全体を優しく包み込んだ。
「なっ……傷が……!?」
「嘘だろ、一瞬で痛みが消えたどころか、底をついていた魔力まで全回復してやがる……!」
アリシアの切り傷も、クラウスたちの打撲も、ザックの疲労も。神話級の奇跡としか思えない絶対的な治癒力によって、ほんの数秒で完全に癒し尽くされてしまった。
信じられない光景に全員が呆然とする中、レイはいつものようにフェンのお腹に頭を乗せ、ゴロンと横になる。
「せっかく治してやったんだから、もう無茶して暴れるなよ。……俺は寝るから、あとは静かに頼むわ」
「「「……ッ!! レイ様ァァァッ!!」」」
神の如き慈悲と奇跡を前に、アリシアたち生徒会の面々はついに感極まって嗚咽を漏らし、深く平伏した。
ザックも「お前、回復魔法まで規格外かよ! すげえ!」と目を輝かせている。
教団との因縁が深まる中、傷ついた仲間を無自覚な奇跡で癒したFランクの少年の平和な日常は、周囲の更なる狂信に守られながら続いていく。




