第17話:Fランクの面倒くさい迷宮探索 〜歩くのがダルいので、最深部の伝説狼(フェンリル)をモフモフの乗り物にする〜
王立魔法学園の地下には、生徒の実習用に管理された『初級ダンジョン』が存在する。
今日はそのダンジョンでの、薬草や魔石の採集を目的とした合同実習の日だった。
「うおおおっ! 燃えてきたぜレイ! どのモンスターからぶっ飛ばしてやろうか!」
「……ザック、今日は採集実習だぞ。なんでそんなに元気なんだよ……俺はもう帰って寝たい」
薄暗いダンジョンの第一階層。
気合十分で拳を打ち鳴らすザックの横で、レイはすでに疲労困憊(※まだ入り口から100メートルしか歩いていない)の表情で重い足取りを引きずっていた。
表向きはFランクの底辺生徒であるレイは、当然のように最前線(歩くのが一番面倒な場所)を任されていた。
(あー、マジでだるい。ダンジョンってなんでこんなに無駄に広いんだよ。エスカレーターとか動く歩道とか設置しとけよ……)
レイは心の中で盛大に愚痴をこぼした。
一方、そんなレイの後方およそ50メートル。
岩陰や通路の死角には、学園の最高戦力である『生徒会役員たち』が、完全な隠蔽魔法を展開して尾行していた。
(……レイ様、ひどくお疲れのようね。当然だわ、あのような下賤な土の上を、王の御足で歩かせるなどあってはならないこと……!)
アリシアが魔眼を光らせながらギリッと爪を噛む。
(今すぐ私が背中をお貸しして、レイ様をお運びしたい……! しかし、レイ様は『表向きはFランクとして扱え』と仰った。ここで私たちがしゃしゃり出ては、王の逆鱗に触れてしまう!)
クラウスたちも、血の涙を流しながら「己の無力さ」を呪っていた。
そんな狂信者たちの葛藤など知る由もなく。
レイはついに、歩くことすら面倒くさくなった。
「……あー、誰かおぶってくれないかな。なんか乗り物とか……」
レイがボヤきながら、深いため息をついた、その瞬間。
レイの内に封じられた『特異体質(呪い)』から、ほんの数パーセント、顕微鏡でしか見えないほどの極小の【威圧感】が、ポロリと漏れ出した。
——ピタリ。
ダンジョン第一階層はおろか、地下深くまでのすべての空気が『完全な静寂』に包まれた。
ダンジョン内に生息していたスライムやゴブリンといった下級モンスターたちは、生物としての絶対的な恐怖に当てられ、泡を吹いて一斉に気絶した。
そして、その影響を最も強く受けたのは、この迷宮の最深部(第十階層)に封印されていた『隠しボス』だった。
(……!? ギャ、ギャウゥゥゥゥッ!? な、なんだこの絶対的な神の波動は!? 上の階層に、触れただけで魂が消滅するレベルの『理不尽』がいるぞ!?)
かつて数多の国を滅ぼし、この地下に封じられていた神話級の魔獣、氷雪の巨狼【フェンリル】。
本来なら学園の生徒が束になっても勝てない災厄クラスの魔獣が、レイのあくび混じりの威圧感にビビり散らかし、パニックに陥ったのだ。
(こ、殺される! このままじゃ殺される! 媚びろ! 全力で媚を売ってご機嫌をとらなければ、俺の存在が概念ごと消し飛ぶゥゥゥッ!!)
ドゴォォォォォンッッ!!!
「なんだ!? 地震か!?」
ザックが身構える中、レイたちの目の前の地面が突如として爆発するように吹き飛んだ。
土煙の中から現れたのは、見上げるほど巨大な銀色の狼——伝説の魔獣フェンリルであった。
その周囲には絶対零度の冷気が漂い、本来であればAランクのザックですら身震いするほどのプレッシャーを放っている、はずだったのだが。
「……キャンッ!!(意訳:はじめまして!!)」
巨大なフェンリルは、レイと目が合った瞬間、ものすごい勢いで地面に伏せ、前足を揃えて『完璧な土下座』の姿勢をとった。
そして、ボンッという煙と共に自らの魔力を極限まで圧縮し、レイの腰の高さくらいまでの『少し大きめの大型犬(超絶モフモフ)』サイズへと姿を変えたのだ。
そのままフェンリルは、レイの足元にすり寄り、仰向けになってお腹を見せ、尻尾を千切れんばかりに振り始めた。
「……ん? なんだこの犬。迷子か?」
レイがフェンリルの顎の下を適当に撫でると、フェンリルは「ヒャン!(意訳:王よ! どうか私めを貴方様の忠実な下僕に!)」と歓喜の声を上げた。
「おっ、こいつ背中めっちゃモフモフしてて気持ちいいな」
レイは思いついた。
「お前、ちょっと俺乗せて歩いてくれない? 俺、歩くの疲れちゃったんだよね」
伝説の魔獣に向かっての、信じられない暴言。
しかしフェンリルは「ワオン!(意訳:喜んでェェェ!)」と即答し、レイを背中に乗せて軽快に歩き始めた。極上の毛皮は、最高級ソファにも劣らない座り(寝)心地だった。
「すげえなレイ! お前、動物に懐かれる才能あるんじゃねえか! よし、俺も隣を走るぜ!」
ザックはフェンリルをただのデカい犬だと勘違いし、笑顔で並走し始めた。
——一方その頃、後方で尾行していた生徒会メンバーたちは。
「ば、馬鹿な……! あの銀毛と冷気……文献に記された神話の魔獣『フェンリル』だぞ!? なぜ最深部のボスが、第一階層に……!」
クラウスが絶望に顔を青ざめさせる中。
「見なさい、クラウス……。あの気高きフェンリルが、レイ様の足元で……お腹を見せて服従しているわ……ッ!!」
アリシアが、震える手で『レイ君観察ノート』を握りしめていた。
「歩くのが面倒、というただそれだけの理由で……無自覚に放った『王の覇気』が、最深部の伝説を地上へと引きずり出したというの……!」
「驚くべきはあのフェンリルです! レイ様をお乗せする際、王の腰に負担がかからないよう、自ら極限まで魔力を圧縮して『最適なサスペンション(モフモフ)』を構築しています!」
セリアが眼鏡を割りながら解説し、ギルバートが「フェンリルの毛皮……あれだけで王都が三つ買えますよ」と泡を吹いて倒れた。
こうして、Fランクのレイは。
伝説の魔獣(フェンと命名された)を便利なタクシー代わりにして、実習の成績などそっちのけで、ダンジョンの散歩(睡眠)を快適に満喫するのであった。




