第15話:王(Fランク)の尊厳を傷つけた結果 〜モブ貴族、生徒会の総力をもって社会的に完全抹殺される〜
昼休みの学食。
レイは列に並び、最後の一つとなった『購買部限定・幻の極上焼きそばパン』へと手を伸ばそうとしていた。
ドン・レイの快適な昼寝ライフにおいて、この焼きそばパンの確保は最重要ミッションである。
「おい、そこどけよFランク。そのパンは俺がもらう」
横から乱暴に割り込んできたのは、派手な制服の着こなしをした上級生の男子生徒だった。取り巻きを数人引き連れた彼は、学園でも幅を利かせている中堅貴族、ガストン男爵家の次男坊だ。
「なんだ、生徒会にこき使われてる底辺の雑用係じゃないか。お前みたいな魔力ゼロのゴミが、そんな高級なパンを食べる資格なんてないだろ?」
ガストンは下品に笑い、レイが取ろうとしていた焼きそばパンを横取りした。
「悔しかったら、俺の靴でも舐めてみろよ。そうしたら一口くらい分けて——」
「あー……わかったわかった。じゃあそれ譲るわ。俺、別のパン買うから」
レイは欠伸を噛み殺し、あっさりと引き下がった。
(こんな小物相手にキレて騒ぎを起こしたら、目立って面倒くさいし。……まぁ、焼きそばパンは明日食えばいいか)
レイは争うことすら面倒くさがり、適当なクリームパンを手に取って学食を後にした。
ガストンは「はっ、腰抜けが!」と勝ち誇ったように笑っていた。
——彼らは気づいていなかった。
学食の天井裏、柱の陰、そして配膳カウンターの裏側から、およそこの世のものとは思えないほどの『ドス黒い殺意』が放たれていたことに。
「……万死。万死に値するわ、あの男」
天井裏に同化していたアリシアの瞳(魔眼)が、絶対零度の怒りに凍りついていた。
「我らがドンから、あろうことか『本日のメインディッシュ』を強奪し、あまつさえ『靴を舐めろ』と……ッ!?」
柱の陰に潜んでいたクラウスが、杖を握りつぶさんばかりに震えている。
彼ら生徒会メンバーは、レイの『俺が強いことは絶対に秘密にしろ。表向きはFランクの雑用係として扱うように』という命令を絶対遵守している。
だからこそ、表立ってレイを庇うことはできない。
「だが、王の慈悲(レイが面倒くさがって見逃したこと)に甘え、つけ上がる愚者を野放しにするわけにはいかない……!」
「ええ。生徒会の名にかけて、あの男に社会的な死を与えましょう」
セリアが冷酷に眼鏡を押し上げ、ギルバートが胡散臭い笑みを極限まで深めた。
その日の午後、ガストンの身に『不可解な不幸』が連続して降り注いだ。
まず、午後の授業。
「ガストン君。君の過去三年分のテストにおける『カンニングの魔力痕跡』および『解答の不正購入ルート』の完全な証拠データが、教師陣のデスクに匿名で届きました。……放課後、指導室へ来なさい」
セリアの完璧な情報操作により、ガストンの学業成績は完全に地に落ちた。
次に、休み時間。
「……おい、お前」
ガストンが廊下を歩いていると、すれ違いざまに大柄な転校生が、壁を『ドゴォォォォン!!』と粉砕しながら凄んできた。
「次、俺の“親友”の前にそのツラ見せたら……その壁の代わりに、お前の顔面を消し飛ばすぞ」
純粋な暴力による脅迫。ガストンは恐怖で失禁しかけた。
さらに、放課後。
「ガストン男爵家のご子息ですね? 困りましたよ、貴方のご実家が運営する商会が、王宮の監査に入られましてね。どうやら『大規模な脱税』と『裏帳簿』の証拠が、どこからかリークされたようで……男爵家は、本日をもって破産および取り潰しが決定しましたよ」
ギルバートが、ソロバンを弾きながら満面の笑みで告げた。ガストンは泡を吹いて倒れた。
そしてとどめ。
指導室の前で絶望に打ちひしがれるガストンの前に、完璧な微笑みを浮かべた生徒会長・アリシアが現れた。
「ガストン君。学園の規律を乱し、成績を偽造し、実家も取り潰しとなった貴方に、これ以上この神聖な学園に在籍する資格はありません。……これにサインを」
アリシアが差し出したのは、あらかじめ彼の筆跡を完璧にトレースして書かれた『自主退学届』だった。
「……ひぃっ! わかりました! やめます、もう俺の人生は終わりだぁぁぁっ!!」
もはや何が起きているのかすら理解できないまま、ガストンは涙と鼻水まみれで学園から逃げ出していった。
焼きそばパンを奪ってから、わずか数時間後の出来事であった。
—— 一方その頃、生徒会室。
「……ふわぁ。よく寝た」
極上のフカフカソファで昼寝を満喫していたレイが、目を擦りながら起き上がった。
テーブルの上には、なぜか昼休みに売り切れていたはずの『極上焼きそばパン』が、山のように高く積まれている。
「ん? なんだこれ」
「レイ様がお目覚めになられました! さぁ、昼の分までお召し上がりください!」
「ドン・レイに歯向かった愚か者は、すでにこの世(学園)から排除いたしました。ご安心を」
生徒会メンバーたちが、レイの前にひれ伏し、キラキラとした瞳でこちらを見上げている。
(……なんかよくわかんないけど、アイツらまた勝手に気を利かせてパン買ってきてくれたのか。まあいいや)
「お、おう。サンキュ。じゃあいただくわ」
レイが焼きそばパンにかぶりつくと、アリシアたちは「おお……王が我々の供物を食しておられる……!」と感涙に咽び泣いた。
Fランクの少年の『面倒くさい』という一言は、狂信的なエリート集団の手によって、今日も学園に理不尽な粛清の嵐を吹き起こしていた。




