第13話:深淵からの呼び声 〜Fランクの安眠を妨げる『呪い』の気配を、寝起きの足踏みで粉砕する〜
レイが生徒会の『雑用係』に任命されて数日が経過した。
現在の生徒会室は、異様な光景に包まれていた。
「レイ様、空調の温度は適切でしょうか。風が直接当たらないよう、微細な風魔法で調整しておりますが」
「うん、丁度いい」
「レイ様、最高級の茶葉で淹れた紅茶です。一滴の濁りも無いよう、私の魔力で不純物を濾過しました」
「あー、サンキュ」
王立魔法学園の頂点であるクラウスとセリアが、フカフカのソファで寝そべるFランクのレイに対し、まるで仕えるべき王に対するかのような過保護な世話を焼いていた。
ギルバートに至っては、
「レイ様がお歩きになる動線の床だけ、最高級の絨毯に張り替えました」と胡散臭い笑顔で報告している。
「お前ら、レイにばかりすげえ待遇だな! 俺にもジュースくれよ!」
「貴様は外周警備に戻れ、この脳筋転校生! レイ様の安眠を妨げる気か!」
ザックの大声に、クラウスが青筋を立てて怒鳴り散らしている。
そんなドタバタの中、会長席に座るアリシアは、セリアから報告書の束を受け取っていた。
「……“彼”からの定時連絡は?」
「まだです、会長。西方の大陸で頻発している『不可解な魔力枯渇現象』……その調査に向かってから、すでに1ヶ月が経過しています」
「彼ほどのSランク魔術師が、ここまで連絡を絶つなんて……。やはり、ただの自然現象ではないのね」
不在の生徒会役員。
アリシアと並ぶ、この学園にもう一人しかいない【Sランク】の魔術師。彼は現在、世界を脅かしつつある謎の現象の調査のため、長期の極秘任務に出ていた。
その時だった。
——ドクンッ。
学園の地下深くから、禍々しく、底知れぬ悪意を持った魔力の波動が湧き上がった。
「なっ……!? なんですか、この魔力は!」
セリアが眼鏡を押さえ、クラウスが即座に杖を構える。
「地下の封印区画からだ! 奴ら、ついに学園の地下霊脈を狙って侵入してきたのか……!」
アリシアも顔を強張らせた。その気配は、現在“彼”が追っている『魔力枯渇現象』の原因と思われる、未知の災厄と全く同じ性質のものだった。
(まさか、本命はこの学園の地下だったというの!? 今の私たちの戦力で、防ぎきれるか……!)
緊迫する生徒会室。
しかし、その絶望的な空気を、間の抜けた声がぶち壊した。
「……あー、気持ち悪っ」
ソファで寝ていたレイが、不快そうに身を起こした。
他の誰も気づいていない。だが、レイだけは、その地下から湧き上がる気配の正体を本能で理解していた。
(この泥水みたいな魔力……俺の『特異体質(呪い)』を植え付けた、あのクソったれな大元のバケモノと同じ匂いだ)
自分に延々と魔力を吸い上げ続ける呪いをかけ、平穏な生活を奪った元凶。
その『眷属』あるいは『一部』が、地下で蠢いているのだ。
「寝起きに最悪の気分だわ……」
レイはボソリと呟き、ソファから立ち上がると、スリッパを履いた右足で、床を『トンッ』と軽く踏み鳴らした。
——ゴァァァァァァンッッ!!!
瞬間。生徒会室の床を突き抜け、学園の地下数十メートルにある封印区画まで、目に見えない『極限まで圧縮された絶対的な魔力の衝撃波』が一直線に打ち下ろされた。
地下で復活を遂げようとしていた災厄の眷属は、悲鳴を上げる間もなく、レイの足踏みから生じた圧倒的な力の奔流によって、概念ごと粉々に『すり潰され』て消滅した。
フッ……と、学園を包み込みかけていた禍々しい気配が、嘘のように完全に消え去る。
「…………え?」
戦闘態勢に入っていたアリシアやクラウスたちは、呆然と顔を見合わせた。
「……今、地下の巨大な魔力反応が、完全に消滅しました。誤差0.0001秒。まるで、最初から存在しなかったかのように……」
セリアの手元の魔力計が、ピタリとゼロを指している。
「あー、なんか床下で変な虫が湧いてたみたいだから、潰しといたわ」
レイは大きくあくびをして、再びソファに寝転がった。
「じゃ、俺寝るから。虫除けの香炉でも焚いといて」
静まり返る生徒会室。
やがて、クラウスがガタガタと震えながら、その場に平伏した。
「し、神話級の災厄を……スリッパで床を踏み鳴らしただけで、次元の彼方へ圧殺した……ッ!!」
「あのSランクの彼ですら苦戦している災厄の本体(の分身)を、虫を潰すように……! これが、我らが仕えるべきドン(王)の力……!」
アリシアもまた、震える手で観察ノートに書き殴っていた。
(やはり彼は、この世界の理すらも超克する存在! 彼がその気になれば、世界を滅ぼす災厄すらも一瞬の戯れに過ぎないのね……!)
—— 一方その頃。
学園から遥か遠く離れた、西方大陸の荒野にて。
血まみれのコートを羽織り、災厄の眷属たちの死骸の山の上に立つ一人のSランク魔術師が、ふと学園のある東の空を見上げた。
「……今、学園の方角で、天を衝くような規格外の『力』が弾けたな。……アリシアの奴、まさか俺の知らない間に、とんでもないバケモノを飼い慣らしやがったのか?」
口元についた血を拭いながら、彼は獰猛な笑みを浮かべた。
Fランクの少年がもたらす嵐は、学園の外の世界にも確実に波及し始めていた。




