8
花音だって、中間テストは呑気にしてはいられない。花音は、一夜漬けのような勉強をするタイプではなく、普段から少しずつの習慣を積み上げているタイプだが、さすがに直前の一週間は毎日いつもより多く勉強する。
あっという間にテスト週間になって、テストを受ける、次の日の教科の勉強をする、のルーティンだけの日々になった。
瑛司の影響か、受験生だからかは分からないが、この頃にはクラスメイトの五、六人が朝勉するために早く登校してくるようになり、テスト明けの席替えを待つまでもなく、瑛司と二人の時間はなくなっていた。
時折、瑛司と視線が合い、微笑みを交わすことはあったが、その他は見たこともないくらいのいわゆるガリ勉モードで、人を一切寄せつけない空気を出していた。
今まで全くやる気を見せなかった瑛司のガリ勉モードに、自ずとクラスの面々も影響を受けていて、C組空気ヤバいと他のクラスに言われるほどだ。
しかし、さすがに最後の教科が終わると、教室は一気に開放感に包まれた。
「あー、終わったー」
「今回マジやべー」
「物理エグくない?」
などと、ガヤガヤした空気になる。
花音も、一花や仲のいい女子と帰りにご褒美スイーツを食べに行こうなんて話をしていたところだった。
「瑛司〜」
愛菜ととなりのクラスの美月が、暁斗を伴って瑛司の机にやってきた。
「このあとカラオケ行こーよー」
「打ち上げくらいさすがに行けるっしょ?」
「瑛司頑張ってんだから、今日くらいは息抜きしようぜ」
口々に瑛司を誘う。
花音は思わず聞き耳を立ててしまった。向かいの一花もそうなのか、物言いたげな視線を花音によこす。
瑛司は一瞬、ほんの一瞬、横目で花音を見たようにも見えたが、
「…だなー」
と言って、
「やったー!行こ行こ!」
と喜ぶ愛菜たちと共に荷物をまとめ、教室を後にした。
お店の案を出してあーだこうだと言っていた一花が一瞬止まり、「口説く宣言してる女子がいるのに他の女子とカラオケ行くんだ?」と、声に出しているかのようにはっきりと分かる表情をするので、花音は思わず肩をすくめた。
結局、花音たちは女子五人ほどで、クレープを食べに行くことにした。
気のおけない女友達と、くだらない話で爆笑しながらクレープを食べ、帰りにプチプラコスメを見て、みんなでおそろいのリップを買ったりして……。楽しい時間を過ごして家に着いたのに、花音は、ハァとため息を一つついた。
付き合ってもいない人が他の女子たちと遊びに行ったって、何の問題もない。そもそも好きって言われただけで、こっちは好きじゃないんだから。
そう思うのに、なんだかモヤモヤしたした気持ちが消えなくて、自分がモヤモヤした気持ちになっていることにもモヤモヤする。
自分の部屋に入るとすぐに部屋着に着替えた花音は、ボフンとベッドにダイブした。
瑛司はまだカラオケにいるのだろうかという疑問が頭をよぎり、「あー!」と声を出してその思いを消す。
なんだかなぁ。こういうことで振り回されたくないんだけどなぁ。
その時、スマホが震えた。一花だ。
花音は慌てて起き上がり、タップして通話ボタンをスライドさせた。
「あ、花音、もう家に着いてる?」
「うん、部屋だよ。どしたの?いきなり通話なんて」
「いや、どしたのじゃないよ!さっきまではみんなといたから言えなかったけど、帰りの日野くんさ!」
「あー、うん、ねー」
花音は曖昧に言葉を濁した。
「口説く宣言した相手の前で他の女子の誘いに乗るってどゆこと?」
「うーん、まあ口説きたいとは言ってくれたものの、別に付き合ってるとかでもないし。カラオケも女の子と二人きりで行くわけでもないしね」
「えー!でもなんかモヤモヤする!」
スマホの向こうで騒ぐ一花に、花音はつい笑ってしまった。この友人は、花音のために怒ってくれているらしい。
「一花がモヤモヤしちゃうの?ありがとね」
「花音はモヤモヤしないの?」
「あー、うん、正直言うとちょっとモヤってマシタ」
「でしょー!?当然だよ!」
「でも、私がモヤモヤする資格あるのかな、とも思ったり」
「資格?」
「だって日野くんの彼女じゃないんだからさ」
「いやいや、でも、言い寄られてるんだから、付き合うかどうか見極めるためにも、日野くんの行動一つだって、ジャッジするってもんでしょ」
「あ、なるほど。でもなんかそんな上から目線なのもなーと」
そのとき、花音のスマホが振動した。
「あ」
「どしたの?」
「噂の日野くんから」
「え!めっちゃタイムリー!なんだって?」
花音は瑛司のメッセージを読み上げた。
「『花音を好きで今口説いてること、暁斗には言ってもいい?』だって。あ、私日野くんに断り入れないで、一花に日野くんとのこと喋りまくっちゃってるや!」
「日野くんと浅野くん、仲良さげだけど、言ってなかったんだ。てか誰にも言ってなかったのかな?」
「うーん、そうなのか、も?まあ、ほとんど話したことない男子にからかったりされたくないから、それは有難いけど」
「なんて返すの?」
「どうしよ。浅野くんは、からかったりしないタイプかな」
そう言いながら、花音は浅野暁斗の顔を思い浮かべた。
「うーん、誰とでも明るく喋るコミュ強で、太陽と日焼けが似合うキャラで、日野くんとよくつるんでて、ヒエラルキートップの女子と仲良い感じ?」
一花の言葉に、うんうん、と頷く。
「あ、続けてまた来た。『からかってきたりはしないと思うし、させないから』だって」
「こわ、うちらの会話盗聴されてる?めちゃ先回りされてるじゃん」
「うーん、そういうとこあるんだよね、日野くんは」
「盗聴するところ?」
「違くて、先回りの部分!えーと、話しながらちょっと返事打つね。『分かったけど、どうして?』」
一花にも打った内容が分かるように、読み上げながら打つ。
「あ、あと、一花に話しちゃったこと言わなきゃ!えーと『ごめんだけど、私日野くんのこと一花には相談しちゃってる。他の人には言ってないけど』……あ、『それはOK』だって」
「ふーん、私が余計なこと言うとか邪魔するとは思わないのかな」
「一花はいい子ってみんな分かってるでしょ。あ、また来た、『暁斗に言わないと、今日みたいな誘い断りづらくて』だって」
「んもぉ、花音たら〜」
照れた一花のキャラ変は流して、続ける。
「うーん、不本意ながら行ったってことなのかな?」
「日野くん、女子の気持ちめちゃくちゃ汲んでくるなあ。花音が反応する前にフォローの連絡入れてくるとは」
「お姉さんがいるとそういう風に育つのかな?」
「いや、姉持ちの男がみんなそうなら世の家庭はもっと平和でしょ」
「あ、『ちなみにだけど、今日もちろん変なことは一切無かったから』だって」
「すごい先回りして潰してくるな」
「そうなの」
「よく分かんないけど、日野くんがなんかすごいってことは分かった」
「一花、急に語彙力低下してるよ。えーと、なんて返そう。うーん、了解スタンプでいいかな」
花音は、持っている中でも一番無難な了解スタンプを送信した。
「瑛司くん、ちょっと焦ったのかな」
花音は瑛司とのやり取りを終わらせて、百パーセント一花との通話に戻った。
「あら〜?え、い、し、く、ん?」
「あ」
すかさず一花に指摘される。
「名前で呼んでほしいって言われてて」
「もう向こうは花音のこと呼び捨てみたいだもんね。順調に仲を深めておるようだのう」
「それは向こうが強引に…」
「ま、でもちょっとモヤモヤは減ったかな?日野くんは大丈夫そう。愛菜っち達の気持ちはまだ分かんないけど」
「単に仲良い友達なのか、それ以上の好意があるのか、ね」
「中学のとき、みたいには、なりたくないもんね」
一花は花音の心情を伺うように慎重に話した。クラスは別だったが、同じ中学だった一花は、花音の受けた嫌がらせを目にしていたのだ。
「うん,それが一番怖いかな」
「日野くんには話したの?」
「男子とあまり話さないようにしたきっかけとして、サラッと。具体的には話してないけど」
「これだけ先回りして考えられるなら、その辺のことも考えてくれるといいけど」
何となく、空気が少し重くなった。
「ま、ここで考えても分からないこと考えても無駄だから、やめよやめよ!ただでさえ、受験控えてるんだから」
「そうなんだよ〜実は受験生なんだよね〜」
二人は揃ってため息をついた。
「勉強の障害にならない程度のことは、流してこ」
「だね」




