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あれだけ口説く宣言をしていた瑛司だったが、旧図書館の日以降は、朝、他の生徒が来るまでの、勉強の合間のちょっとした危なげない会話と、他愛のないメッセージのやりとりくらいに落ち着いていた。
曰く、中間テストで五十位以内に入ればスマホ権などなどが完全復活することになったそうで、本気で口説くのはその後にしたようだ。
特に、他の生徒が登校してからの時間は、これと言って話しかけられることもなく、かと言って無視されているわけでもなく、時折視線を寄越すことはあったが、そのくらいだったので、これにはホッとしていた。
その反面、花音としては、無駄にドキドキさせられたり、感情を波立たされることもなく、おだやかに過ごせることに、少し拍子抜けもしていた。
旧図書館の日の口説きモードが余りにも激しかったから、差がすごいのだ。あれはもしや夢だったのか、とすら思うレベルだ。
うれしい誤算だったのは、毎朝の些細な会話のおかげか、瑛司に慣れて、瑛司との通常会話では赤面せずに済むようになっていたことだ。
これに気づいたとき、花音は心底ホッとした。慣れれば普通に赤面せずに男子と話すことができるんだ、と思えたことは、花音にとって大きな一歩だったからだ。
面と向かっては気恥ずかしいので、メッセージで瑛司に感謝を伝えると、
『少しは役に立ててよかった』
『いっぱい俺で訓練して』
『そしたら絶対、大丈夫になる』
と返ってきたので、少しグッときて、少し笑えた。
中間テストまで残り一週間ほどに迫った土曜日の夕方、突然、
『今夜少し通話できない?親いなくてスマホ使える』
と、メッセージがきた。
花音は戸惑いながらもOKの返信をすると、
『十時OK?』
と返ってきたので、了解の返事を返す。
瑛司との通話は初めてで、少しソワソワしながら待っていると、十時ぴったりにスマホが震えた。応答ボタンをスライドさせると、瑛司の咳払いに続いて、
「あー、おつかれ」
と、声が聞こえてきた。
「あ、おつかれさま」
おつかれさま、だなんて、少しこそばゆい。
「なんか、通話照れるかも」
瑛司とは思えないようなことを言う。
「え、日野くんでも照れるんだ」
「俺のことなんだと思ってるの」
「恥ずかしい言葉も平気な顔で言える、鋼のメンタルの持ち主?」
「思ってた答えより具体的でひどい。花音は?」
耳元で名前を呼ばれたようで、花音はビクッとなって思わず一瞬スマホを耳からはずした。
「え?」
それでも、一花との通話のようにスピーカーモードにはできなくて、またスマホを耳に当て直した。
「花音は今、赤面してない?」
そう言われると、少し顔が熱いような気もするけれど。
「た、多分、なってない」
「顔見て話したいな」
必要以上に甘い声のような気がする。
「無理無理。もうお風呂入って寝る格好だし」
「え、余計に見たい」
「変態」
「知ってる」
多分、無理強いはしてこないと気配で分かったけれど、思わず焦ってしまった。
「わざわざ通話って、何か話があるとかじゃないの?」
花音が話を逸らすようにそういうと、
「あー、そうなんだよ」
と瑛司のテンションの低い声が聞こえた。
「え、どうしたの?」
「中間の五十位以内入れるかどうか不安で」
「日野くんて、直近何位くらいだったの?」
「…下から数えた方が早い」
瑛司は珍しく言葉を濁した。
そもそも、入学時は、二十位以内だったのに、詳しくは明かされていないが、反抗期で相当順位を落としていたらしい。
瑛司としては思うところがあるようだが、親に養われている以上、最低限の親子の約束ということで、こういう状況になったそうだ。
「あと一週間、必死でやるつもりだけど、ちょっと弱気になってて。でも、もし花音から頑張れって言ってもらえたら、もうちょい頑張れるかもと思って」
「そんなことで頑張れるの?」
花音は素直に驚いて聞いてしまった。
「そう、そんなことで頑張れる」
「すごいね?」
「そこ、疑問系なんだ」
瑛司が少し笑った。
「じゃあ、頑張って」
花音がサラッと声をかけると、瑛司はうーんと唸って追加の要求をしてきた。
「『瑛司がんばって』って言われたい。最後にクエスチョンマークつける感じで」
男子を名前で呼ぶなんて、小学生以来したことがない。しかも、花音の場合は男子を呼び捨てしたことがなくて、そこにも抵抗がある。
「呼び捨てはちょっと…。くん呼びでもいい?」
「いい」
「あと最後にクエスチョンマークつける意味が分からないんだけど」
「分からなくていいから頼む」
花音の言葉に被せ気味で要求してくる瑛司は、やっぱり強引だ。
「分かったよ。じゃあ、」
少し緊張しているのがバレませんように、と思いながら息を吸った。
「瑛司くん、がんばって?」
心なしか小さくなった花音の台詞のあとに、少し間が空いて、
「最高」
と瑛司がため息混じりに答えた。
「花音の声、最高に可愛い」
耳元で聞こえたその台詞に、花音はまた思わずスマホを耳から離した。
「あ、今赤くなった?」
「もう切るよ!」
完全に朱に染まった顔で、花音はスマホに向かって叱りつけるように言い放った。
「ごめんごめん。でもうれしかった。もうちょっと頑張れそう」
ちょっぴり弱っていて、急に素直になった瑛司が、なんだか花音の今までのイメージにない瑛司で、途端に強く出られなくなる。
「学校以外では、さっきみたいに名前で呼んでくれないかな?」
「そ、のくらいなら、いい、かな」
「ありがとう、花音」
本当にうれしいんだなあと分かる声で、瑛司が返してくる。
「スマホ権完全に回復させたらさ、」
「うん」
「またこうやって話してくれる?」
「…たまに、なら?」
「そこもまた疑問系なんだ」
瑛司が苦笑する。
「あの、せっかく好意を寄せていただいているとのことなので」
「急に敬語」
「少し、日野くんのことを知ろうとしてみようかな、とは思ってマス」
「瑛司」
「え、あ、瑛司くんのことを」
「マジでありがと。今日の会話でも俺のこと少し知ってもらえた?」
柔らかくて、受け止めてくれるような瑛司の声が耳元に聞こえる。
「…ちょっと弱ると素直になる、とか?」
「ははっ、次はかっこいいと思ってもらえるように頑張りマス」
「瑛司くんは、普通にかっこいいほうだと思うけど」
客観的に見て、そうだと思いますよ、という感想を言ったつもりだったのだが、返ってきたのは熱のこもったとんでもない言葉だった。
「花音、好きだよ」
「ぎゃ!」
耳元に注がれるストレートな言葉に、思わず奇声を発してしまうと、瑛司はスマホの向こうでクツクツと笑った。
「すごい反応返された」
「だって耳元で聞こえるから!」
「ふーん、有効ってことだ?」
「ち、ちがくて」
「また話そうね」
完全復活を遂げた余裕の瑛司に、花音は言葉にならない声を返した。
「おやすみ、花音」
「おやすみ!」




