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瑛司は人差し指を立ててシーッ静かに、とジェスチャーすると、小声でククっと笑った。
「時田さん、そんな暴言吐くキャラだったの?」
「私も初めてで、自分の口からそんな言葉が出てくるなんて驚いてます」
花音は硬い声でそう返しながら、乱れた髪を手で撫で押さえ、帰り支度を始めた。
「もう帰る」
信じられない!チャラすぎる!
怒りなのか、なんなのか、ドキドキうるさい心臓の音を無視しながら、席を立つ。
「俺も帰るよ」
瑛司はそう言って追いかけてきた。
花音は無言の早歩きで図書館内を歩き、図書館を出てすぐ駆け出した。
「待って」
瑛司はすぐに花音に追いつき、腕をとって、あろうことか無理やり手を繋いできた。
瑛司の挙動に、唖然とする。
「待たない。離して」
大きくて堅い手に握られた手は、外そうとしてもびくともしない。
花音は、瑛司を睨みつけた。
怒りと走ったせいで顔が赤いのを感じる。
でもこれは赤面症じゃない。
「もう少しだけ話聞いてくれたら離す」
「これ以上からかわれたくない」
「からかってるつもりなんかない。本気だから」
「うそ。チャラすぎる」
すぐそばの木が風に揺れて、瑛司の顔にかかった木漏れ日がチラチラキラキラと動く。
こんなときだけど、頭のどこかで、眩しくないのかなと思う自分がいるから不思議だ。
「時田さんのこと好きだから、全部本気でやってる」
「うそ」
「嘘じゃない。今日の勉強だって、時田さんの赤面症治す手伝いをしたいのだって、全部本気」
真剣な目で見据えられて、思わず花音は目を逸らした。
「…展開も手も早すぎると思う」
「ごめん、本気で一日でも早く時田さんが欲しいと思ったから」
あまりのストレートな物言いに、ギョッとする。
「私はモノじゃないし…」
「ごめん、訂正する。時田さんの気持ちを一日でも早く俺に向かせたくて」
瑛司は被せるように言い直した。
「さっきから時々日野くんの論理展開が強引すぎて、現代文の成績が心配になる」
あまりにも強引な展開と押しの強さに、思わず話をそらしたくなる。
「心配してくれてうれしい。瑛司って呼んでくれたらもっとうれしい」
けれど、話は全く逸れないどころか、勢いを増して突っ込んでくる。
「俺のこと、嫌いじゃない?よね?」
また、あざとく首を傾げて花音の顔を覗き込む。瑛司の前髪が、顔の動きに合わせてサラッと揺れた。
「……嫌いじゃないけど、強引すぎて展開も早すぎて、正直逃げたいです」
花音は意を決して瑛司に視線を合わせると、正直に伝えた。
「嫌いじゃないなら、よかった。時田さんのことを口説くチャンスを俺にください」
あからさまにホッとした顔をしたかと思うと、花音に対して初めての丁寧語で真剣に迫ってくる。
逃げたいって言ってるのに、口説くって言ってくる…!この人なんなの?こんなの経験無さすぎてどうしたらいいか分かんないよー!一花ー!
「で、でも、今勉強大変なんだよね?受験なのに女の子口説いてる暇無くない?」
「両方全力、本気で取り組むよ」
「いや、私も受験あるからこっちは遠慮したいんだけど…」
そう言いながら、花音は握られたままの自分の手を、もう一度引き抜こうとした。
「俺と手繋ぐの嫌?」
また、そういう聞き方をする。
花音が強く拒否しないと確信しているような気がして、ムッとした。
「嫌って言ったら?」
「嫌じゃなくさせる」
そう言うと、瑛司は握ったままの手を持ち上げて、花音の指先に唇を落とした。
「っ!フランス人か!」
花音はギョッとして、反射的に自分の手を痛いほど強く引いて抜き取った。
おかしい、私ツッコミキャラじゃなくて、どちらかというとツッコまれるタイプのはずなのに。
思わずツッコミを入れてしまった花音に、
「あれ、俺じいちゃんがフランス人て言ってたっけ?」
と瑛司が答えた。
慣れないツッコミに、返ってきた予想外の返事を捌くことができず、花音は目を丸くした。
「いや、聞いてないけど……えっと、うん…なんか、なんだろ、もう、いいや…なんか、どっと疲れた…」
「花音、少し前から赤面してないの気づいてる?ちょっとは俺に慣れた?」
「赤面する暇も余地もないというか…意味が分からないというか…なんで名前呼び?」
「俺のことは瑛司って呼んでいいよ」
「日野くん、豪速でグイグイくるね…。大体、いつから私のこと好きなの?チャラが強すぎて全然信じられないんだけど」
「三年になってから、朝教室で会って、赤面した花音の顔をがっつり見た時からかな」
瑛司は満面の笑顔で言い切った。
「ついこの間じゃん。その上、赤面顔きっかけ?」
「うん、めっちゃ唆ると思って」
「へ、変態!」
唆る、なんて言葉を初めて使われて、ドキっとして、つい冷たく言い放ってしまった。
「それ褒め言葉?花音からの言葉なら甘んじて受けるよ。変態の彼氏の方が楽しみが多そうじゃない?」
爽やかな笑顔でそう言う瑛司に花音は顔を引き攣らせた。
「ああ言えばこう言う上に、畳み掛けてくるね。てか彼氏じゃないし」
「全力で口説いてるから。早く彼氏にしてね」
瑛司はまた、離れていた手をとってぎゅっと一回強く握ると、花音の手を引くようにして歩き出した。
「日野くん、私、彼氏じゃない人と手は繋げないかな」
「将来彼氏になるから、心配しなくて大丈夫だよ」
ツッコミどころしかない超理論である。
「大体、好きかどうかって、もっと時間をかけて、よく考えた方がいいんじゃないかな?」
「瞬発力と好きの精度には自信があるから、心配いらないよ」
「さっきから絶妙に日本語が通じてない気がするんだけど」
日本語で会話しているはずなのに、全然嚙み合わないことに目眩がする。
「おじいちゃんがフランス人だからかな?」
「論理のすり替えがひどい」
「じゃあまた花音に論理的読解力を教わって、鍛えて貰わないとだね」
混乱したキャパオーバーの状態の中で、けれども気安い女友達との会話のようにポンポン飛び交う軽口に、花音は驚きと呆れと腹立たしさと…ごちゃごちゃした感情の疲労を通り越して、思わず笑えてきた。
男子とこんな風にポンポン言い合ったのは初めてだった。
「ふっ、ふふっ、日野くんのコミュ強っぷりがひどい」
「早く毒されてね」
「永遠に毒されるつもりはないかな。…というか、あの、学校ではそういうのホントやめてね」
ひとしきり笑ったあと、何か波が引いたような心地になって、自分を取り戻した花音は釘を刺した。
「やっぱ嫌?」
瑛司の片眉が下がる。
「正直、あんまり学校で男子と話したくなくて」
「なんでか聞いてもいい?」
歩みを少し緩めて、瑛司が花音の顔を包み込むような眼差しで見つめてきた。
花音は一息はぁ、と吐き出すと、瑛司の顔から目を逸らして前を向いたまま、歩みを早めて何でもないことのように話した。
「中学のときにね、誰かの好きな男子と楽しそうに話してたってだけで、嫌がらせされたことがあるの。そういうのがもう面倒くさいだけ」
「花音はその男子のこと好きだったの?」
「うーん、好きとか思う以前の段階でそうなったから、よく分からないかな。そのあとは、もう関わりたくないなって思っちゃったし」
「そっか、彼氏はいたことある?てか、今もしかしていたりする?」
「今いるわけないの分かって言ってるでしょ。いたこともないよ。ずっと男子とあまり話さないようにしてたし、赤面症にもなって余計に話せなくなったし」
花音が軽く睨みながらそう答えると、瑛司が、
「赤面してる花音の顔は、あんまり男に見せない方がいいかな」
と言った。言い方に重みを感じる。
「私だって見られたくないよ。絶対変な顔してるし、情けない気分になるし」
余計なお世話とばかりに返すと、
「違くて。唆るって言ったでしょ」
瑛司はそう言うと、繋いでいない方の手で、触れるか触れないかのタッチで花音の頬をさっと撫で上げた。
瞬間、ゾクゾクっとして、顔が真っ赤になり、心臓がバクバク音を立てる。
「ちょ、やだ」
「このまま男とあんまり喋らなくていいと思うよ。俺も、花音が完全に俺に絆されるまで、学校では無闇に口説いたりしないって約束する」
「いつでもどこでも口説かないでくれて大丈夫なんだけどね…。あと絆されません」
はあ、と花音はため息をついた。
気を抜くと流されて、簡単に絆されてしまいそうで、この男は本当に油断ならない。
息をするように口説いてきて、強引なのに、こちらをよく見ていて、花音自身でさえ知らない花音の部分を確実に狙って攻め込んでくる。
サッと触れられたり、今日瑛司にされたことは全部花音にとっては初めてのことで、自分の反応に自分で驚くくらいなのに。
瑛司は花音より花音の反応も、ギリギリ許せるラインすらも知っているみたいで癪だ。
「日野くんは百人くらいと付き合ったことあるって言われても納得しちゃう感じだね。主にチャラさとかチャラさとかチャラさとかからして」
そう言うと、瑛司は器用に片眉だけ上げて、そうかな?と言う。
「誤解されないように先に言っとくけど、俺、童貞だから」
「っ!そんなこと聞いてません!」
そんなこんなの、なんやかやのやり取りをしつつ、帰りにカフェでフラッペをテイクアウトで奢ってもらうことは忘れずに(今日のやり取りで奢ってもらうことへの罪悪感は完全に払拭された)、帰路に着いたのだった。
次回からしばらく、一日一話投稿(17時予定)になります。




