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暁斗は、美月の告白を、ありがとうと受け止めて、丁寧に断ったらしい。一花たちと別れてすぐ、歩きながら花音は瑛司から聞き出した。
花音は、一花のことを思ってホッとしたらいいのか、美月に胸を痛めたらいいのかわからない。そもそも、一花は瑛司と付き合っていないと言っていたが、真意にまで踏み込めていなかった。
「まあ、やっぱり泣かれたらしいけど」
瑛司が苦い顔をする。
「そっか…告白するのって、すごい勇気がいることだよね」
花音の言葉に瑛司は頷いたが、
「…でも、暁斗も、たぶん、しんどいと思う」
と、言葉を選びながらもはっきりと暁斗の味方をした。
「…そっか」
しばしの沈黙の後、
「一花と浅野くんは、どうなるのかな」
と、ぽつりと花音がつぶやいた。
そのつぶやきは、じわりと滲み広がって、花音と瑛司の二人の間にも浸食してくる。
「さっき、なんて言ってあげたらいいかわからなかったんだ。…ああいう時のどうしたらいいかをAIに相談する人もいるんだろうね」
ふと、まのかと別れた大屋の話を思い出した。
「まあ、珍しくはないだろうけど…」
濁された語尾に、そういう使い方への嫌悪感が滲んでいる。
「ふふ、すごく正しそうに思える解答を色んな視点から返してくれるんだろうね」
便利でいいのか、悲しいのかわからない。
花音の言葉には、皮肉と感嘆が入り混じっていた。
「花音、二人のことは、二人が決めるよ」
「……もちろん分かってる。ただね、万が一の最悪の最悪は、私のパンチをお見舞いするからね!」
先程一花を支えきれなかった思いから、知らず知らず握っていた自分の拳に気づいた花音は、その拳を前方にシュッと突き出した。
「…心意気は分かったけど、その猫パンチじゃ何にも効かなそう…」
と瑛司が苦笑する。
「…花音とパンチって最高に相性悪い…」
苦笑から含み笑いに変わった瑛司を、花音はわざとらしく睨みつけた。
「花音、俺たちの話をしようよ」
含み笑いの含みを収めた瑛司が、冷たくなっていた花音の手を包んで引いた。
「さっき、ケーキ食べた?」
「うん、一花と食べちゃった。もしかして瑛司くん食べたい?」
「いや、俺は全く」
「だよね、生クリーム嫌いだもんね」
そう、にやっと笑って返した頃には、手のひらに伝わってくる瑛司の温度が胸に届いてきて、花音はうれしくなって瑛司の手をぎゅっぎゅと握り返した。
「なに?」
「ううん、何でも」
「…じゃ、肉まんは?」
「え!ピザまんもいけるよ!」
二人で笑い合って、近くのコンビニに入った。
「花音の誕生日は落ち着いて食べられなかったけどさ」
「ホントそれ。コンビニの脇だったもんね」
「ここならほら、あの河川敷で食べれそうじゃないか?」
瑛司がそう言って、大川の河川敷を指さした。
「…瑛司くん、もしかして、天才なの?」
口に手を当てて大げさな身振りになる。
「…なんか急に変なテンションだな」
「…合格の喜びが今脳に達したのかな」
「なるほど」
近くの河川敷に行くと、コンクリートで作られた階段状の部分があって、散歩中らしい愛犬連れと、大学生くらいの三人組が座っていた。かなり広いので、視界には入るし笑い声も届くが、何を話しているかは分からない。
「お、いいじゃん、…いや、まだちょっと寒いか」
「…なんか、なんか、こういうのって本当の青春…」
ちょうどいい場所を選んで川に向かって並んで座りながら、高揚する花音に、
「やっぱテンションが高ぶれしてるな」
と瑛司が苦笑した。
川の流れがキラキラと陽に反射するが、その反射は強くない。日暮れが迫っていて、風が少し冷たい。
しばらくの間、二人は川の流れる音や風の音、車の通る音を耳に入れながら、瑛司は流れ変化する水面を、花音は薄雲たなびくぼんやりとした春の空を、ぴたりと寄り添ったまま眺めていた。
ぼんやり眺めているうちに、さっきの妙なテンションも収まってくる。
「あ、ねえ、冷めちゃう」
花音の声に、瑛司が肉まんを取り出す。
誕生日の時のように、二人で半分こしてお互いに「合格おめでとう」と乾杯した。
少し冷めかけていたけれど、二人寄り添いながら、外で川を眺めながらのんびり食べる肉まんは、開放感もゆとりもあって前よりずっとおいしい。
それでも。
「今日は朝から色んな気持ちになって、ちょっと疲れた」
「だろうな」
「…瑛司くん、合格したとき、嬉しかった?」
「ん?たぶん人並みには嬉しかったけど、今日の花音の合格までで一つみたいな感じもあったから…今日の方がピークかな」
「そっか。…私合格したら、すごく嬉しいものかと思ったんだけどさ」
また薄ぼんやりした空を見上げた花音を瑛司が見つめる。
「嬉しいは嬉しいし楽しみなんだけど、思ったよりホッとしたのが強くて。しかも、ホッとしたわりに、なんか、何て言うんだろ…」
瑛司が、ああ、と何か察したように花音の言葉を待った。
「…実は、不安定な次の足場に移ったみたいな感じもある」
花音は、小さい頃に遊んだ、足元がぐらぐらする飛び石のような大型遊具を思い浮かべていた。
「…悪い感覚じゃないだろ。実際、これからだからな」
瑛司が、花音の背中をさするように手を当てた。
「あれ…なんか、瑛司くん前より余裕ある感じ?」
花音を逃すまいとグイグイ迫ってきた瑛司、時代の流れに焦燥感を露わにしていた瑛司とは違って、随分ふるまいに余裕がある。
「…いや、相変わらず焦りはあるよ。むしろこれからの大学時代に何をするか、相当重いだろ」
瑛司の手は温かかったが、横顔は厳しい。その言葉が花音のお腹にずしんと響いた。
「うん、そだね…。…………そうだった、私ができることは、私の知的欲求に集中することだった」
沈黙を挟んで、花音は自分に言い聞かせる言葉を探し当てた。
「かっこいいな、花音」
「…なによ、瑛司くんこそかっこいーね。無双のヒーローっぽいよ」
「その振りだけして、常に闇落ちと隣り合わせのな」
そう言いながら瑛司が反対の手の親指で花音の下唇をぐっと押し下げるように触れたので、花音はその親指をガブリと甘噛みした。
大して痛くもないはずなのに、いて、と瑛司が苦笑いして手を引っ込める。
「今のこれは赤面しないんだな」
「瑛司くんの闇落ちは私が阻止するという強い意志が勝ったのかも」
「…心強いよ」
瑛司が少し残念そうに、それでも頼もしそうに返事を返した。
「はっくしゅん!」
花音の口から、びっくりするほど普通のくしゃみが飛び出した。
いつも思うのだが、例えば愛菜がしている小さくて可愛らしいくしゃみは一体どのようにコントロールしているのだろう。
「寒くなってきたな」
「それもあるけど、花粉症の薬が切れてきたのかも」
「…リアル。なんかこの状況に高校生の自分の限界を感じるわ…」
「ふふ、でも青春出来た」
帰ろうと腰を上げて、お尻の辺りをパンパンと払う。
バッグをかけて目線を上げかけた花音の唇に、かがんできた瑛司の唇がちょんと触れた。
「な」
目を見開くと同時に花音の顔にサッと朱がさす。
思わず、キョロキョロと周りを確認してしまった。
「大丈夫、誰も見てない」
瑛司は満足そうに微笑んだ。




