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「キスしたい」
「うん」
花音の返事を合図に、瑛司が花音の目に滲む涙を指で拭って、残りを吸い取るように口づける。そして、唇へと下りてきた。
「久しぶりの花音」
「うん」
「でも今日はこれで終わりだな。…花音が合格するまで」
「…うん」
花音は遅れて返事をしたものの、そう言われると名残惜しくて、瑛司の手のひらに無意識に顔を摺り寄せた。
「…こら、花音」
「…うん」
花音は瑛司に抱き着いた。
「…こうなるのか、花音は…」
瑛司が困るような、喜ぶような、戸惑う声で呻く。
「俺のこと試さないで」
「試してないよ」
瑛司は、はぁと熱いため息を一つつくと、
「会いたいって、めちゃくちゃうれしかった」
と言った。
「私、あんなこと言っちゃったのに?」
「しつこい。許容範囲だ、あんなの」
「…器が大きいね」
「…いや、正直、結構ショックだったよ。でも、前、俺が落ちたとき、花音が受け止めてくれただろ」
「…そか」
ただ許されたのではない、お互い様だという瑛司の気持ちを感じて、花音はようやく安堵した。
「なあ、花音」
「なに?」
「…いや、何でもない。てか、結果はいつなんだっけ?」
「…卒業式の日の朝九時」
「当日か…」
「全然卒業の感動も感傷も味わえなさそう」
「途中でアクセスして見んの?」
「まさか!怖くて無理だよ…」
「じゃあ帰ってから?」
「うん、寄り道しないで帰って親と見る」
「結果、分かったらすぐ連絡くれるか?」
「…どっちでも?」
「どっちでも」
瑛司の言葉に、花音は少し迷って話し始めた。
「…実はさ、切り替えて後期の勉強しなきゃと思うのに、なんかそわそわしちゃって。まだ、試験終わったばかりなのにさ、結果出るまで、これは…。めちゃくちゃしんどいね」
花音は抱き着いたまま、瑛司の胸元にぐりぐりと頭を擦り付けた。
なんとなく、こうして瑛司にくっついていると、そんな焦りや不安が和らぐ気がする。
「わかるよ、その気持ち。…経験者だから」
「うぅ、しんどい。やっぱり受かりたいよ、H大」
「うん」
瑛司はそう言って、花音の頭をよしよしと撫でる。
「瑛司くんとどうとかなるより前から、オープンキャンパス行ったりさ、どんな研究室があるのかなとか調べて、問い合わせたりして、私ここで学びたいって思った大学なの」
「そうだろうな、花音は」
「前、行雲流水とか言ったけど、…全然そんな気持ちになれない」
「うん」
「合格したい~~~」
花音はそう言ってまた、頭をぐりぐりと動かした。
「駄々っ子か」
瑛司はそう言いながらも、花音が落ち着くまで抱きしめていた。
卒業式と合格発表の日まで、花音はやはりどうしても落ち着かず、家の中でもウロウロと立ち歩いたり、「大丈夫だよね?」と両親に突然問いかけたりして、不安定な日々を過ごした。
瑛司と電話している間は落ち着いたので、日中でもつい声を聴きたくなることもあったが、瑛司は瑛司で既に進学の準備に忙しい。それが分かっているので、無為にトーク画面を開いては閉じを幾度も繰り返した。
卒業式当日の朝、気もそぞろな状態で、コンタクトレンズを入れ、分からないくらいのメイクをする。
アイロンでいつも通り毛先をワンカールしようとしたところで、熱い部分にうっかり指先を当ててしまった。
「あつっ」
急いで冷やしていると、
「何やってんの」
とスーツに身を包んだ母が顔を出した。花音の様子に呆れたような、気遣うような複雑な顔をすると、
「時間ないよ。お母さんがやってあげようか」
と、アイロンを取り上げる。
「で、どうするの?」
そう言う母に、いつも通りだと言うと、
「ええ?卒業式なのに?ちょっとは親に晴れ姿を見せようとしなさいな」
と言って、スマホで画像を検索し始める。
「やだよ、そんな派手なのは。てかお母さんそんなのできるの?」
「何言ってるの、花音がちっちゃい頃はお母さんが毎日やってあげてたでしょ」
「そんな昔のこと言われても」
「いいから、ほら、これとかどう?」
「ええ?それよりはこっちの方が」
結局、全体的に巻いて、編み込みのハーフアップにすることになった。
編み込みは母がやりたがったのだ。
「懐かしいね…編み込み。…大丈夫大丈夫、ちょっと崩す感じにすればいいんでしょ」
鏡に映る編み込みをしている母は、機嫌が良さそうで、それでいて時折洟をすすっている。
花音は、何とも言えなくなってしまった。
「…はい、できた。ほら、えーっと、どう?」
母はそう言って、美容室の真似をするように後ろに大き目の鏡を持ってきて、四苦八苦しながら正面の鏡に映してくれる。
「うん…、ありがとう」
「あとはほら、リップとかちゃんとして、ぷるんぷるんにしていきなさいよ!」
「ぷるんぷるんて…」
「さ、次はお母さんの番だから出た出た!こっちはお年頃だから時間がかかるのよ!」
母はそう言って、洗面スペースから花音を追い出した。
両親とともに学校に着くと、既に「卒業式」の看板前に撮影待ちの短い行列ができていた。
「撮るよ」と母に言われ、時田家もその行列に並ぶ。
順番が来て、親子で撮影してもらったが、撮った写真を見るまでもなく、花音は自分の表情がこわばっているのが分かった。どうにも笑いきれない微妙な笑顔にしかならない。
混雑する昇降口で、下級生の係に紅白のリボン記章をつけてもらっていると、
「あ、花音ちゃん、かな?」
と、明るく柔らかい声が聞こえてきた。振り向くと瑛司とその両親だった。
「ご卒業おめでとう」
瑛司の両親に口々に言われ、ありがとうございます、と返すと、あらあらまあと社交モードに入った母が瑛司に対しておめでとうを返す。瑛司の父はスマートな身のこなしで話に入り、花音の父は笑顔で相槌を打ちながら、なんとなくその場をしのいでいる。
そのあたりで、直接体育館に向かう親と別れ、瑛司と花音は教室に向かった。
「花音、髪型かわいいな。美容室?」
「ううん、お母さんが張り切って」
「撮っておこう」
「え?」
瑛司は、少し後ろに下がったかと思うと、連写で半分振り返った花音をスマホに収める。
「ちょ、不意打ちやめて!」
「ほら。上手く撮れた。せっかくお母さんがやってくれたなら、残したら」
そんな風に言いながら見せられると、消してとは言えない。
振り向きざまの不意うちで、写真の花音は自然な表情をしていた。
クラスに入ると、誰が書いてくれたのだろう、『卒業おめでとう』の筆のような文字に、桜が舞い散るザ・卒業の黒板アートの前で、あちこち撮影大会が始まっていた。
まだお互いの合否も進路もほとんどわからず、それには触れない状態で、高いテンションで撮影し合う。
一花、まのか、世莉、紅羽と五人で、変顔バージョンも含め、何枚も撮った。
髪もメイクも隙のないかわいいの最上級の愛菜が声をかけてくれて、愛菜とも撮った。
一花が瑛司とのツーショットを撮ってくれ、一花と暁斗と瑛司の四人でも撮る。
冴えない担任と言われる畑中先生が入ってきて止めるまで、撮影大会は続いた。




