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前半はシリアスですが、ぜひ最後までお読みください。
家に帰った花音は、意を決して瑛司に長文メッセージを送った。
『さっきは心配してくれたのに、嫌な言い方してごめんね。情けないけど、あれが私です。この文章も、引きずりたくなくて身勝手に書いてます。二次試験に集中するね。瑛司くんも、頑張ってください』
しばらくして、瑛司から返事がくる。
『連絡ありがとう。分かった。お互いベストを尽くそう。試験が終わったら、また話そう』
このやり取りが、今の花音と瑛司にとってできる最大限だった。
翌日からは本当に怒涛の数日間だった。
花音が有り得ないミスをしていたのは理科の一教科で、受験に使う科目変更を余儀なくされた。結果、第一志望は二次試験で挽回可能な圏内であるものの、余裕はない。その上、後期日程自体が限られている中、どこを受けるか。私立大の選択肢がほとんど無いに等しい花音にとって、かなり選択を迫られる状況になった。
何がしたくて何のために大学に行くのか、限られた条件の中、何を選ぶのか。色々考えても最後は結局、共通テストの結果とお金の話になってしまう。
花音は改めて各大学のウェブサイトを熟読し、両親とも相談し、頭が焼き切れそうなほど考えて、前期に第一志望に挑戦し、後期日程は、地方のとある国立大を選んだ。
そうこうしているうちに、瑛司は都内のウィークリーマンションに移り、私大数校の受験に臨む。都内の私大をいくつか受験する生徒はそのような手段をとる者も少なくない。
二人は、物理的にも精神的にも離れた状態で、受験の佳境を迎えた。
時々瑛司のことがよぎったが、その度に花音は頭を振って過去問に集中した。今は、合格するためにできることをやるしかない。整腸剤に頼りながら、自分の心をなるべく平静に保つことに努めた。
H大の試験には、瑛司がくれたお守りを持って行った。一つだけだったらしんどかったかもしれないが、両親から、離れて暮らす祖父母からの合格守もあって、その中の一つだからか気持ちが紛れた。
試験中は、異常な緊張感があったものの、解けている、という手ごたえを感じた。
相性がいいというのは、こういう感覚かもしれない。
そう感じつつも、共通テストのときのようなミスのないように、問題用紙と解答用紙に全神経を張り巡らせて、試験を終えた。
奇しくもこの日は瑛司の第一志望の私大の結果発表だったが、そのことに思い至る余裕もなく、花音は抜け殻のような状態で夜遅くに帰宅すると、倒れこむように眠りについた。
翌日の朝、スマホの振動に気づいて画面を見ると、瑛司からだった。
通話ボタンをスライドさせるのを躊躇っているうちに、呼び出し音が切れる。
花音は深呼吸をして、意を決して掛け直した。
「…もしもし」
「花音」
久しぶりに瑛司が花音を呼ぶ声が、耳から体に染み込んでくるような感覚になった。
ああ、好きなんだなあ、私、瑛司くんのこと。
そう感じながら、返事をする。
「前期お疲れ」
「うん」
「俺、K大、受かったよ」
瑛司は、静かな声でぽつりとそう言った。
「そっか、すごい。おめでとう」
「ありがとう。…花音の結果これからだから…言っていいか、迷ったけど」
「うん」
そして、しばらくの沈黙が続いた後、花音が「瑛司くん」と口火を切った。
「好き」
「え?」
「大好き。会いたい」
「…花音」
花音からの初めてのストレートな言葉に、スマホの向こうで瑛司がたじろぐ。
あの日言ってしまった言葉の影響も、瑛司の都合を伺うことも、他の状況も何も考えられなかった。花音の口から勝手に言葉だけが零れ出ていた。
その日の昼過ぎに、学校の部室棟の、例の空き部室で待ち合わせをした。三年は既にほとんどの日が自由登校になっているので、融通が利きやすい。
花音が恐ろしいにおいの部室の前を通り抜けて、緊張気味に鍵の壊れたドアを開けると、瑛司が先に来て、壁にもたれて座っていた。
「あ、かの…」
瑛司が花音を見て声をかける途中で、花音は瑛司に飛び込むように抱き着いた。
「…びっくりした」
驚く瑛司に、花音は無言で、抱き着きながら行儀悪くもぞもぞと上履きを脱ぎ捨てる。
そんな花音を瑛司が苦笑しながら抱きしめた。
瑛司くんだ。瑛司くんのにおい。
花音がそう思ったとき、
「花音のにおいだ」
と、瑛司が言ったので、花音はびくっとした。
「何?また変態だと思った?」
「ううん。私もそう思ったからびっくりしただけ」
そう言うと、瑛司が小さく笑って抱きしめる手を強くした。
しばらく無言で抱きしめ合ったのち、
「…会ってくれてありがとう」
と花音は言った。
そして本当に最悪の最悪を考えれば、自己採点の日の花音の態度と言葉で別れにつながることもあるのではないかと恐れを口にすると、瑛司は、
「あのくらい範囲内だろ」
と言う。何の範囲だろうかと思いつつ、少しホッとしたような、でも許されたことに少し複雑な気持ちになる花音に、瑛司が、
「それより言いたいことあるだろ?」
と畳みかける。
「言いたいこと?あ、合格おめでとう?」
「それもだけど、電話で言ってくれたこと、直接聞きたい」
そう言って、瑛司は抱きしめていた腕を離し、花音の髪を耳にかけると両手でそっと花音の顔を挟むようにした。
「なんだろ…わはんなひ」
とぼける花音の回答に、後半は挟んだ両手で頬を寄せられて、タコのような顔になる。
「ゃめへ」
瑛司が口の中で笑いを堪えながら、
「静かにしないとなんだから、笑わせるなよ」
と言って手を離した。
「瑛司くんが変な顔させたんでしょうが」
「ごめんごめん。花音、お願い、聞かせて。ほら、す、から始まる?」
わざと瑛司を睨むような顔をしていたが、涙が沸き上がってきて、作っていた表情が崩れてしまう。
「…瑛司くん、大好き」
「うん。俺も大好きだ」
瑛司はそう言って花音をまた強く抱きしめた。




