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受験生にクリスマスも正月もない。というのは昔から言われていたことのようだが、花音たちにももちろんクリスマスと正月はやってこなかった。
母が食卓に並べてくれるそれらしき料理で認識する以外は、勉強漬けの日々である。
それ以外に、風邪やインフルエンザに罹らないよう、細心の注意を払う日々が本格的になった。秋に済ませた予防接種はもちろんのこと、手洗い、うがい、マスク、手指の消毒、帰宅後すぐの入浴、体調不良になった家族の隔離など、家全体がピリピリとし始める。まるでコロナ時代のような空気だ。
花音は幸い、年初に少し風邪症状が出たものの、数日で落ち着いた。しかし、お腹の調子はどうも優れない。この頃には毎日整腸剤が欠かせなくなっていた。
共通テスト当日。
寒さと緊張で、花音の指先はひどく冷たい。こわばる指先をカイロで温めようとするが、一向に温まる気配がない。反対にこめかみの辺りには痛いほどの異様な熱い高ぶりを感じながら、試験会場に入った。
花音の高校は、私立に絞っている生徒でも学校の方針で共通テストは基本的に全員受験だ。この会場のどこかに、瑛司も、一花も、まのか達も、皆がいるだろう。花音の受験教室にはいないが、同じ高校の多くの見知った顔がいる。
知った顔の中にいる、というだけで、少し心強く感じた。
みんな一緒だ。
そんな簡単で単純な表現なんて普段はしないのに、そう思った。
母が作った消化に良いお弁当と、温かい飲み物、教科の合間に口に入れる甘いもの、カイロ、それから整腸剤とともに、朝から夕方までの長い時間、二日間に渡って花音は走り抜けた。
翌日は自己採点日、登校して自己採点をする。その結果データを大手予備校に提出し、結果や予備校の速報をもとに、担任や進路指導の先生と面談することになっていた。ここからの数日で、出願先が決定する、受験生にとって重要な局面だ。
教室は静かで神妙な空気が漂っていて、これまでのテストのように、気軽に友人同士で結果を話すような空気はない。ただ、共通テストを使わない私立大がターゲットの者と、花音のように国公立大志望の者とでは、どうしても温度感は違っている。国公立志願者や共通テストで命運が決まる者は、緊張感が強い。
花音は、自己採点の途中で知らず知らずのうちに息が止まっていたようだ。冷たくなった両手の指先がどこか痺れたような感覚を感じて、ハッとした。
そっと席を立ち、トイレに行く。
トイレの鏡に映った花音の顔は、赤面症なんて噓かと思うほど真っ青で血の気を無くしていた。
有り得ないミスをしていた。
普段こんなところで落とすわけがない、というところで落としていた。
戻らなくちゃ。戻って、冷静に全ての点数を出して、計算して、それから…。
みぞおちの辺りが、きゅう、と締めつけられている感覚がある。
手を拭いたハンカチをしまうと、反対のポケットに手を入れておいた合格守をぎゅっと握った。
落ち着いて、落ち着いてから戻ろう。
息を吐く。吐く。違う、吸うんじゃない。吐く。吐く。
そう思うものの、うまくコントロールできない。
結局どれくらいトイレにいたのだろうか。
過呼吸になるのをギリギリのところで回避したような状態で、ようやくトイレから出て教室に向かう。
すると、教室から少し出たところの、中途半端なところで瑛司が廊下の壁に背を預けて立っていた。
「大丈夫か」
そう言って花音に歩み寄る。
さすが、目ざとい。
きっと花音の様子を気にして、教室から出てきたのだろう。
こんなに瑛司の顔を見たくないことなんて、今まであっただろうか。
「…大丈夫」
花音の顔色を見た瑛司は、当然言葉通りに受け取らない。瑛司がほんの少し、痛みを感じるような表情をした。
「…点数、出た?」
瑛司が問う。
聞いてどうするの?
そんな言葉を飲み込んで、無言で瑛司を見返した。
聞いてもどうにもできないくせに。そもそも自分は共通テスト関係ないくせに。
そんなことが、一瞬頭をよぎる。
「花音」
瑛司が心配して呼ぶ声が、なぜか責めるように聞こえる。
「大丈夫、ちょっとミスってただけ。採点に戻るよ」
瑛司が何か言葉を重ねてくるが、頭に入ってこない。
変わらず、機械のように大丈夫、と言う花音の腕を瑛司が焦れたように掴んで、
「花音、落ち着いて、深呼吸」
と言った。
その一言が、花音の中の何かにバチっと触れた。
「ごめんだけど、私立専願の人に色々言われたくないかな」
瑛司の顔から目を逸らして、ぼそりとそう言い放ってしまった。言い始めた途中から既に、馬鹿なことを言っているのを自覚した。
それこそ、そんなこと言って何になるのか。
それでも、止められなかった。
ここで、一番嫌な自分が飛び出してきたのだ。
結局、これが自分なんだ。
取り繕って、良くあろうとしたところで、根っこにいるのはこれなんだ。
そんな自分を、離れたところから眺めるような心持ちになる。
前のように取り繕う気力も湧かない。
瑛司はどんな表情をしているのだろう。見たくない。今は何も見たくなかった。
瑛司は、
「…そうだよな」
と言って、花音の腕をそっと離した。
そのまま、花音は瑛司の顔を見ずに、教室へと戻った。
シリアス回でした。なんとか次もお読みください。




