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『そういえば、浅野くんと、いたしてしまった』
『花音には、言っておこうと思って』
夏休みも終わり間近の昼下がり、気が向いたときにのんびりと脈絡のないやりとりをしていた一花から、そんなメッセージが届いていた。
「え!?」
花音は思わず、声をあげてしまった。自分の部屋でよかった。
受信時間を見ると、一時間近く前だ。
いたしてしまったって、つまり、そういうことだよね!?
花音は慌ててコールする。しばらく鳴らしても一花は出ないので、
『今見た!それって、そういう意味だよね!?』
と、メッセージを送る。
すると、五分ほどして一花から折り返しかかってきたので、画面に名前が出た瞬間に出た。
「出るの、はっや」
「いやごめんそうじゃなくて一花それって」
「いやいや落ち着いてよ」
一花はスマホの向こうで苦笑する。
「…いつ?」
恐る恐る、といった感じで聞く花音に、
「花火のあと」
と一花が答える。
あの花火の後、一花の家につく間際に突然の豪雨があったらしい。一駅違うだけの花音の家は全く雨の気配もなかったので知らなかった。
そこで、しばらく家に雨宿りに上がってもらい、その流れで、ということらしい。
「流れか…」
「うち、親が花火の実行委員でさ。あの日は片付けと打ち上げとで、日付変わる頃までいなくてさ」
「なるほど…?」
なるほど、と言いながら、なるほど感のない花音の返事に、
「…引いた?」
と一花が言うので、
「いやいやいや、引いたとかじゃなくて、びっくり!流れ?がすごく大人すぎて…。爆速だね!?私と瑛司くんの比じゃないね!?」
と慌ててフォローする。フォローしつつ、一瞬、美月の顔が脳裏をよぎった。
「よかった。ちょっと、引かれるかもと思って」
ホッとした声の一花に、
「無理やり?とか、そういうんじゃない?大丈夫?ほら、その、きっかけになる花火に誘ったのは私なわけだし」
と、花音は続けた。
「いや、大丈夫。合意の上だから。てか、あとで変に耳に入って花音がそういうの気にしたら悪いなと思ったから言ったの」
「…そか、ありがと。なら、良かった?のかな?」
「うん。向こうもね、ま、日野くんには言っとくかーって。あとでバレた方がヤバそうって」
と、一花が笑う。
花音の友達に手を出してどうのこうのとこじれる前に先手を打つことにしたらしい。
それを聞いて、暁斗と一花の二人が花音より随分大人びているような、遠いところにいるような、何とも言えない気持ちになった。
「…付き合ったりする?してるの?」
「あー、そういう話は出てないかな」
「そうなんだ」
花音の中では、そういうことをするのはつまりつき合っていることが前提で、さらにハードルもあることなので、つい聞いてしまった。
一番仲のいい友人の新たな一面に、花音は慎重に言葉を重ねる。
「流れって、そのー、どういう感じの?」
「ん-、なんか、雨に濡れてたのと、相性良さそうじゃない?って話になったのとで」
「…ほぁーん」
「何その漫画みたいな返事」
「いや、新しい世界を学習している返事?てか一花の話のほうが漫画の中みたいだよ!…あの、相性ってたまに聞くけど、やっぱあるもんなんデスカ」
「あるんじゃない?てか、本性?が出そう」
と、一花が言う。
「本性…」
仲が良いし、明け透けな話もする仲だ。一花が以前付き合っていた人とそういった経験があったのは聞いていたけれど、今回の流れには驚いてしまった。
そんな具体的な話に、今度は花音と瑛司の話も聞かれて、あたふたしながら受け答える。話が終わった頃には、すっかり頭に血が上ってしまった。
「は~、すごいびっくりした。あと、一花が嫌な思いしたとかじゃなくてよかった」
「うん。そういうことも含めて、私は色々知って判断していきたいタイプだから」
「…そっかあ。でも、もし、もしもだよ、あのーなんか変なお節介みたいで嫌なんだけど、この先浅野くんとのことで嫌な気持ちになることがあったら、てか、それ以外のことでもね、絶対一人で抱え込んだりしないでね」
花音が懸命に選んで重ねた言葉に、
「うん、ありがと」
と柔らかい返事が返ってきた。
瑛司からも、その件で電話があった。
「一応確認だけど、一花さんも合意の上なんだよな?」
瑛司もそこを気にかけてくれたことに、少しホッとする。
「そっか、アイツは無理矢理とかは絶対無いとは思ったんだけど、念のためと思って」
「そっか、信頼してるんだね」
「信頼?…まあ?」
瑛司の歯切れが急に悪くなる。
「瑛司くんが信頼してるなら、大丈夫なのかな」
「…なんて言ったらいいのかな、爽やかそうに見えて軽い感じには見えるかもだけど、ん、いや実際軽いな…」
瑛司が珍しく言葉を濁したり選び損ねたりする。
「あー、うん…とにかく、もし万が一、万が一だけど…逃げちゃいけないような時には、絶対に逃げない奴だとは思うし、億が一でも俺が逃がさないから」
花音に対して、明け透けな言葉を使うのを避けているのかもしれない。気遣いを感じて、
「うん、分かった」
とだけ答えた。
「まあ、今のところ俺たち外野がどうこう言うことじゃないかな」
「そう、そうだよね……びっくりしたけど…うん」
「花音、ほかに何が心配?」
今度は花音の歯切れが悪くなって、瑛司が問いかける。
「心配?というか、何だろう。変に私の価値観の押し付けみたいなことはしたくはないし、そもそも私の価値観みたいなのがまだ定まってないんだけど」
「ああ、花音らしいな」
「でも、たまたま暁斗くんのことを好きな子を知ってるから…顔がよぎっちゃったりはした」
「そっか」
「それも、別に一花が知ってるわけでもないだろうし…相談されたわけでもないのに、当事者じゃない私が言うことじゃないかなとか思って…ただぐるぐる考えちゃっただけ」
「うん」
スマホ越しに瑛司のため息が聞こえ、
「暁斗、俺には攻め過ぎだとか言っといて、ホントに…。そういうとこ擦れてるってか拗らせてるってか何て言うか」
「いや、瑛司くんもそれなりに擦れて拗らせてると思うけど…」
と花音が突っ込むと、
「…方向性の違いだな」
と瑛司が言う。
「バンドとかグループの解散理由によくあるやつ…」
「…解散しないために、暁斗は俺に先手打ってきたんだろ。早々に彼女の友達に手出してごめんだけど、厄介事を起こすつもりはない。お互い合意の上で相性もいいので、仲良くしていきたいし、ここから他の子と面倒なことに花音も一花さんも巻き込まれないように気を付ける。暁斗なりに誠実なので、これからもよろしく。だってさ」
「なるほど…」
「しっかり俺たちは感情搔き回されたけどな。ま、ここまでにしよう」
「うん」
「花音、俺たちは俺たちだから」
「そうだね。……瑛司くん」
「ん?」という瑛司に、
「なんかさ、ほら、実際には私に何か大きな事件が起きているわけじゃないんだけど、三年になってから、私すごく色んな事件が起きてるような気分」
花音の真面目な声に、スマホの向こうから、ははっと軽やかで温かい笑い声が返ってくる。
「なんとなく言いたいこと、分かるよ」
「世の中に向けて開いてるのって、結構感情の体力?みたいなのがいるなーって」
瑛司と関わるようになって、話す人や深さが増して有り難い反面、例えば、美月の思いなど、知らなければ悩まなかったということもある。
花音の知りたがりは知的好奇心に特化していて、こういったことには関わらないようにしてきたから、ここのところの変化は目まぐるしい。
そんなことを思いながら、抽象的なことを言った花音に、
「じゃあ、閉じておく?俺にだけ開いてくれればいいよ」
と、妙な誘惑をけしかけてくる。
「いやいや、全体的に開きます…少しずつだけど」
「残念。じゃあ、俺はその感情の体力づくり?につき合うよ」
残念に思っているのか思っていないのか分からない温度で、瑛司はそう言った。




