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夕食は、少し早めに宅配ピザを注文した。
宅配ピザを食べたことがどのくらいあるか、家によって結構違うので面白い。
瑛司は、姉も同居していた子ども時代には数回食べたことがあったが、最近は全くだと言う。暁斗の家はあまりジャンクなものは食べないようだし、花音の家でもその面はあるが、それ以前に節約の面でもあまり選択肢に上らない。最も食べたことがあるのが一花で、一花がおすすめを教えてくれる。
ピザをいくつか、サイドメニューのポテトなどを頼み、それが届くと、みんなで和気あいあいと楽しんだ。
話は、結局、自然と受験勉強の話になる。ピザをつまみながら、AIをどんな風に受験勉強に使っているかも話題に上った。ここでもまた、使い方に個性が出て面白いし、瑛司の使い方はやっぱり花音達とはレイヤーが違って皆感心する。
「そろそろかな」
との瑛司の声に、みんなでつまめるお菓子や飲み物を持って、薄暗くなり始めたバルコニーに出た。
バルコニーは、半屋外になっていて随分と暑い。瑛司がハーブの虫よけになるキャンドルに火をつけ、その後は虫よけスプレーをふりかけあったり、うちわや涼めるアイテムを出したり、わちゃわちゃと準備する。
少しすると、薄暗闇の中、離れたところに一発目のシンプルな色の花火が大きくパッと打ち上がり、ハラハラと零れるように落ち、零れ落ちる頃にドンッと打ち上がりの音がする。
「やっぱ距離ある分、音が遅れるな」
と瑛司が言うので、花音は首を振った。
「でも十分だよ…すごい綺麗」
「うんうん、めっちゃ綺麗に見える。この暑さで人混みの中で見るより全然いいね」
と一花が続いた。
花火が進むにつれて、気づけばあたりは暗くなり、瑛司がリビングの明かりを消しに戻った。
キャンドルのわずかな光だけになって、一気に空気感が変わる。
ドンドドン…ドドドドドドドド…ドーン。
次々に花火が上がり、ひときわ大きいものの時には、振動も伝わってくる気がする。
視覚と聴覚のタイムラグのせいなのか、目隠しに囲われたバルコニーだからなのか、一瞬ここだけ切り離された空間かのように感じられて、不思議な感覚になった。
ジュースを一口飲み、はぁーっと息をつきながら、
「こういうのを楽しむのが本物の夏休みだよね」
としみじみ一花が言うので、
「そもそも本物の夏休み中だけど、まあ、言いたいことは分かる」
と暁斗が言って、皆で苦笑する。
受験のことは少し忘れて、皆、言葉少なに今この時を楽しんだ。
電車の混雑を避けようと少し早めに切り上げて帰るつもりだったが、結局最後の一番大きな花火まで見てしまい、瑛司が花音を、暁斗が一花を送って行くことになった。
一花は、最初は「いいよいいよ、私は」と遠慮していたが、花火を見終わった客でごった返す駅を見て素直になった。暁斗を盾に使って帰ることに決めたらしい。
一花は、花音より一駅前だったが、あまりの人混みに挨拶もろくに交わせないまま別れた。この後、きっと暁斗が家までしっかり送ってくれるだろう。
混雑した電車を降りて、瑛司と花音は歩いて花音の家まで帰ることにした。
実は、やはり近所の人に見られでもしたら恥ずかしいという気持ちもあって、前回と同じく家まで送ってもらうのは断ろうとしたが、こんな遅い時間に絶対にダメだと押し切られて送ってもらっている。駅を出たところで、母に連絡を入れ、友達に送ってもらうことになったと伝えた。
少し離れた先に、どこか花火の余韻を纏った花火帰りと思しき二人組、三人組が歩いているが、暗がりでよく見えない。家々から零れる明かりや街灯もあって、真っ暗なところは僅かなのだが、いつも歩かない遅い時間帯だからか、普段知っている道とは少し違う顔をして見える。
少し先から聞こえていた話し声がいつの間にか遠くなり、瑛司との何気ない会話が途切れ、家々のエアコンのような音と自分達の足音だけがやけにくっきり聞こえたとき。
突然、ガサガサっと何とも解らぬ音が耳に飛び込んできて、花音は思わず瑛司の服の裾に指をかけた。
「手、繋ぐ?」
瑛司の言葉に、うん、と返す。気を使ってもらって手も繋いでいなかったのだが、結局自分から求めてしまうことになった。
「や、やっぱ送ってもらって良かったかも」
「だろ。こんな暗い時間に一人で歩くとか言うなよ」
「何というか、ちょっといつもの道と違って見えるもんだね」
「暗いと距離感とかも違って見えるよな」
瑛司はそう言いながら、軽くギュッギュと安心させるように手を握ってくれる。
手の平から、そして時折触れる腕や肩から伝わる温かさにホッとする。
「瑛司くんと手を繋いでホッとしたの、初めてかも」
そう言いながら、小さく笑いが込み上げてくる。いつもはドキドキさせられて振り回されているので、感情は逆の方向にばかり向かうのだ。
「せっかくだから、ドキドキさせようか?」
「ここでは遠慮します」
「希望があればいつでも答えるよ」
暗がりの中だが、薄っすら口の端を上げている瑛司が見える。
花音は軽口で返そうとして、ふとやめた。代わりに、人が見ていないか周囲を確認すると、すりっと一度だけ額を瑛司の肩に擦り当てた。
「…花音」
瑛司のくぐもった声が聞こえる。
「なに?」
「…反則」
「え?あ、そこを右だよ」
花音は瑛司の反応に満足すると、明るい声で返した。
家の前に着き、センサーが反応して外灯がパッと着くと、瑛司に別れを言う前に玄関のドアが開いて母が出てきた。完全に好奇心丸出しだ。
あらあらまあわざわざありがとうね、とおばさん力全開で瑛司に話しかけ、瑛司は礼儀正しくそれに答える。瑛司に飴やお菓子でも握らせそうな勢いだったので、花音は母を家に押し込むようにして別れを告げ、瑛司は苦笑して手を振り、頭を下げて帰って行った。
「お父さんっ!イケメンが送ってきたっ!ぱっと見アンニュイな感じだけど、きちんとした礼儀正しい子だった!」
リビングに飛び込むようにして入ると母が興奮して父に話しかける。花音に男の影がちらついたことなど無いので、時田家では一大事だ。
「アンニュイ?そっか、アンニュイかあ」
母の思いがけない言葉選びに花音が返すと、
「えっ、なんだなんだ?お父さんも見に行けばよかったなあ」
と、父はスマホから目を上げて、母が用意した高級手土産を思い出したのか、
「もしかして玉の輿か?」
と冗談めかして続け、
「今どきは、あんまりそう言わないんじゃない?」
と、母が花音を見る。
「玉の輿とかどうとか、言い方以前にまだ私高校生だから!しかも、受験生だから!」
花音はそう言うと、「お風呂入るね」と言って、やけにニヤニヤにこにこする両親を置いてリビングを出た。
庶民的な時田家は、今日も平和だった。




