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夏休みがやってきた。
勉強、勉強、夏期講習、模試、勉強、の日々の始まりだ。
花音は、家で一人で勉強するだけではなく、夏期講習に行ったり、一花たちと学校の解放されている自習室に行ってみたり(友達と一緒でもやっぱり肌に合わなかったが)、瑛司と例の図書館の自習スペースで待ち合わせてみたり(帰りにフラッペを飲むことも忘れなかった)、瑛司とお互いスマホで通話画面をオンにしてつないだまま勉強してみたり、たまには場所を変え形を変えたりしつつ、とにかく勉強に勤しんだ。
けれど、一日だけ、特別な日の約束をした。
瑛司の住む自治体で開催される、花火大会の日。この辺りでは、最も規模の大きい花火だ。
瑛司の家の二階にあるリビングから、この花火がうまく見えるらしい。家を建てる時に、ちょうど立地がいいからと瑛司の父がこだわったのだそうだ。
しかし、ここ数年、瑛司と暁斗の母親同士仲が良くなって、暁斗の家が経営する病院の屋上に毎年設けられる観覧席(有料にするほどの観覧場所だ)に夫婦そろって招待されるようになったので、両親は不在にするというのだ。
そんなわけで、瑛司が暁斗を巻き込んで計画し、花音、一花がその日瑛司の家に招待されることになった。
花音は、一花に電話し、一花もどうかと言われていると、瑛司から言われた内容を伝えながら、
「情報量が多いんだけど」
と付け加える。
「そもそも、浅野くんて、浅野病院の息子だったんだね」
そういう花音に、一花は、えっと驚く。
「知らなかったの?結構有名だよ」
有名すぎて、特に会話にも上っていなかったレベルらしい。
「知らなかったよ…。私最近気づいたんだけど、みんなが知ってる当たり前みたいなことを結構知らない気がしてきた…」
「うーん、そういうこと全般に、心のシャッター下してたからね、花音は」
と一花が言う。
「浅野くんと日野くんのお母さん同士が仲いいのも、聞けばなるほどねって感じよ。見かけたことあるけど、二人とも上品な奥様感あるもん」
一花の慧眼に、花音は感心する。
中学までとは違い、高校では目立たないように意識しすぎたせいか、花音は、そういうことに本当に疎かった。社交力の差をこのような形でも痛感する。
「もうちょっと、周りを見るようにしようと思います…」
「てか、完全に私がカモフラージュ要員であることが明白なお誘いなんだけど」
「うっ…。そうだよね…!無理しなくていいよ!」
恐縮する花音に、
「いやでも面白そうだから行くわ。というかね、ほんっとに勉強ばっかりで、しんどい。一日くらい花火楽しんだって、バチは当たらないでしょうよー!」
と一花がスマホ越しに叫ぶ。
花音は、後半部分に完全に同意した。
AI時代と言われ始めた世の中の変化に関わらず、今のところまだ受験は大きくは変わっていない。この先、価値がどうなるかは分からない。でも、今、受けると決めて受かるためには、やっぱり勉強するしかないのだ。そして、自分の興味関心分野だけでは無く、受かるための勉強漬けはやっぱり苦しい。
「では、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
「オケオケ、苦しゅうないよ」
そうして、花火当日がやってきた。
母に、数人での勉強会に誘われ、そのお宅から見える花火を見て帰ること、そのお宅は我が家よりお金持ちらしく、一花だけでなく浅野病院の息子も来ると伝えていたところ、見たことのない老舗の高級フルーツゼリーセットが用意されていた上、出掛けに母が花音の服装チェックまでするので、父が苦笑していた。
一花は、来る途中で、自分の家の近くの有名なわらび餅を買ってきたらしい。
お互いに、どことなく、きちんとしたお嬢さん感のある服装なのに苦笑しながら電車に乗った。
「うちらだけで会うときなんて、普通にスーパーとかコンビニのお菓子でビーサンでもOKなのにね」
瑛司の自宅の最寄り駅に着くと、瑛司と暁斗が既に迎えに来ていた。
暁斗が日に焼けたような肌に白Tシャツ、ハーフパンツで眩しい笑顔で迎える一方、すっかり黒髪が定着して、紺色の半袖シャツを着た瑛司はクールに見えるが、よく見ると瞳の温度は暖かい。
何というか、この二人が並んでいると目立つ。
印象の対比のせいなのか、二人のどこからともなく漂う育ちの良さみたいな雰囲気のせいなのか。
瑛司は花音の荷物を、暁斗は一花の荷物をスマートにごく自然に受け取って歩き出すので、花音と一花は物言わぬながらに、最大限目を開いて、感情を共有した。
瑛司の家は、花音の家の一・五倍ほどの大きさだった。あからさまなお金持ちという感じではないが、外構にも手がかけられていて、美しく整えられている。
リビングに通されると、ちょうど瑛司の両親が出かける直前のようで、緊張しながら挨拶した。
瑛司の父はダンディで、確かにハーフ感があり、堅めの雰囲気、母はふんわりとした明るい髪の柔らかい笑顔の人だった。
「私たちはもう出ちゃうわね。みんな、今日は勉強もがんばらなくちゃだけど、花火で息抜きしていってねー」
にこやかな瑛司の母に、花音と一花も笑顔で「ありがとうございます」と答え、暁斗はひまわりのような明るい雰囲気で、
「お二人も楽しんで来てください!」
と言う。
「暁斗くん、病院の方がよく見えるのに、うちでよかったの?」
「いや、俺はこっちで青春楽しませてもらうんで」
その返事に「ほどほどにね」とクスクスと笑う。
「最後まで観るなら遅くなるから、瑛司も暁斗くんも、きちんと送っていくんだぞ」
父の言葉に瑛司と暁斗が「分かってるよ」「もちろんです」と返す。
「あら、パパ、私スマホどこに置いたかな」
そんなふんわりした瑛司の母の様子にに、父が言葉少なに甲斐甲斐しく世話を焼く。そうして、流れるようなエスコートをしながら、最後に妻の少しだけ浮いた髪を耳にかけて整えてやると、部屋を出て行った。
無言で見送りの姿勢でいた花音と一花が、瑛司の両親が玄関を出た音が聞こえた途端、口に両手をやりながら、目を合わせる。
「なんか、一味違ったね…!」
花音がうんうんと頷き、瑛司を見て、
「遺伝子……」
と言うと、瑛司は嫌そうに顔を顰め、暁斗がふき出した。




