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昇降口を出て空を見上げると、台風が近づいているせいか、どんよりと空が重い。微かな頭痛は、生理だけでなく、台風のせいかもとも思う。
「なんかじめっと暑いね~」
三人は、ハンディファン片手にそう言いながら、駅に向かう道を下っていく。
愛菜と美月のハンディファンは、それぞれに合った華やかな色にかわいいチャームがついていて、花音はつい目で追ってしまった。似合っていて、「らしいな」と思う。反対に、花音のものはシンプルでスタンダードな色合いだ。
「それで、花音ちゃんと瑛司はどっちから行ったの?」
他愛ない話をしながら歩き出して少しした頃、愛菜が昇降口での会話をまた違う言い方で引っ張り出した。
「愛菜は遠慮がないなあ。でもごめんだけど、実は私も興味ある〜」
と、美月が花音の表情を伺いながら言う。
瑛司からだと答えると、
「えー!瑛司から行ったんだ!意外~!」
「でも、確かに花音ちゃんからグイグイ行くイメージもないかも!」
と二人は騒ぐ。
そこそこモテる瑛司に女子が近づくのは見てきたが、本人から積極的に行くのは見たことがないらしい。
「出会っちゃった系なのかな~。あー、瑛司みたいなタイプをどうやって落としたか聞きたかったのに~」
その言葉に花音が面食らっていると、
「私さ、将来キャバで稼ぎたいんだよね~」
と、愛菜が言う。
「キャバ?」
と、花音が思わず聞き返すと、
「そ。キャバクラだよ~」
と明るく返事が返ってきて、
「愛菜はキャバ嬢やって稼ぐって、だいぶ前から宣言してるから」
と、美月が言う。
「そうなの?進学は?」
「もちろんするよー。実は一年の時から推薦狙ってて、A大推薦で受けるつもりなの~」
「そうなんだ、すごい、計画的。しっかりしてるねえ」
そう言った花音のシンプルな回答を、美月はにこにこして聞いている。
愛菜は歩きながら花音の顔を覗き込むように見て、
「花音ちゃんって、キャバに偏見とかないの?」
とまた真っすぐ問いかけた。
「えと、夜のお仕事だから?」
「そう」
それに対して、花音は「うーん」と考え、
「どうかなあ。確かに偏見は聞いたことあるけど、身近にいないし、よく知らないから何とも言えないかも。実際どういうことする仕事なの?」
と、正直に聞く。
「花音ちゃんて、やっぱり真面目だね。で、ごめん、実は偏見持ってそうって思ってた」
「え!それこそ偏見だよ!」
「たしかに!」
花音の反論に三人で笑う。
そして、キャバ嬢の仕事について、ざっくりと話をしてくれた。
「私もまだ働いたことあるわけじゃないから、実態はやってみないと分かんないけど」
「なんでキャバ嬢やろうと思ってるの?」
「単純に時給いいじゃん?あと自分を生かせそうかなと思って」
その言葉に、花音は頷く。
確かに、愛菜はコミュニケーション能力も高く、華やかでかわいい。そのかわいいは、女子受け以上に、男の人の目を分かっている可愛さという感じがする。
「それにさ、AI時代にどうやって生きてこうかなーって思ったら、やっぱ私に会いたいって思ってもらえるような力つけるのって大事かなーって」
愛菜の言葉に衝撃を受ける。
「花音ちゃん、奨学金説明会いたよね?うち、マジでお金で苦労してるから、絶対借りなきゃ無理で出たんだけど、返すの大変そうじゃない?私、将来自分に子どもができたとしたら、絶対お金の苦労させたくないんだよね~。お金ないってホントヤバいから」
そして、今はだいぶ良くなったが、中学生の頃は生理のたびに生理用品を保健室で貰っていたこと、長期休みにフードバンクで食料を貰ったり、子ども食堂に行っていた時期があったことを話してくれる。
メイクもいつもかわいくしているし、スマホや今手に持っているハンディファンだって人気のものだし、見た目にはむしろ花音よりお金をかけて見えるので、全然そんな感じがしなかった。
そのことを言うと、
「今は前よりマシだし、色々工夫してるからね~。てか、今、見た目でそこまで困ってるかどうか分かんなくない?」
と笑顔で言う。
愛菜は続けて、在学中キャバ嬢で稼いだお金は投資に回し、できれば子どもを産むまでに億単位にしておきたいと話した。
「すごい…人生計画がパワフル」
自分とは全く違う人生観に、圧倒されてしまった。
「すごいよね~、愛菜は」
そう言って、愛菜のことなのに、美月がにこにこと得意げにしているのが何だかかわいい。
「それもあって、瑛司をどうやって落としたか聞きたかったの~。色んなタイプのパターンを知っておきたいっていうか」
「それでそこにつながるんだ…そっかあ」
「びっくりさせちゃった?ごめんね?でも実は、半分は興味本位だよぉ~」
愛菜がかわいらしくそう言うと、
「愛菜はちょっとストレートすぎるところあるからね」
と、美月が突っ込みのようなフォローをする。
「ううん、なんか、すごいなあって思った」
「私だけじゃないよ〜。みぃだって、色々考えてるもんねー?将来のこととか、暁斗のこととか暁斗のこととか?」
そう言って、愛菜が美月をからかい始め、美月の恋バナが始まる。
最初はつい狼狽えてしまったが、改めてこの二人とこんな風に会話するのを不思議だなと思いながら歩いていると、駅が目前になったところで、突然後ろから花音の頭にぽふんと柔らかい重しが乗った。
「瑛司おそーい」
と愛菜。
追いかけてきて、少し息を切らせた瑛司が、花音の頭に手を乗せたのだった。こめかみには、汗が一筋伝っている。
「え、なんで」
驚きに固まる花音に、
「愛菜から連絡きたけど、進路指導室行ってて気づくの遅くなった。具合大丈夫か」
と瑛司が服の腕の部分で汗を拭いながら言う。
「えへへ。実は連絡しちゃってたんだ〜。お節介してごめんね~」
と愛菜はかわいく言うと、
「でも絶対、一人で帰るより送ってもらった方がいいよ~。しんどいときは周りに甘えなきゃね」
と、美月と笑顔で目配せする。
「瑛司、ちゃんと送ってあげてー」
美月の言葉に、
「当然」
と瑛司が言って、花音の頭に置いた手をするりと滑らせ、そのまま花音の手を取った。
人前での瑛司のこんなふるまいに、あたふたしそうになる。
でも、そんなことであたふたする様子を愛菜と美月に見られるのにも、抵抗がある。
結局、花音は、黙ってなるべく感情を表に出さないように、自然体を努めた。
顔は少し赤らんでしまったが。
瑛司のふるまいに、愛菜と美月はニマニマとする。
「珍しい瑛司が見れたね~」
「うらやましい~」
結局、駅までの残り僅かな距離をおしゃべりしながら四人で歩いた。駅に着くと、愛菜と美月は、花音と瑛司とは逆方向の電車に乗るため、構内で別れる。
普段の瑛司は、花音とは違う方向だったので、この日初めて同じ電車に乗ることになった。
文化祭で遅くなった日なども、送っていこうかと言われたが、逆方向だし、ほかに合流できる友達もいるので、と断っていたのだったが、今日は瑛司が譲らなかった。
一つ空いていた座席に花音を座らせ、瑛司はその前に立つ。
下校の時刻ということもあって、自校の生徒以外に他校の生徒も目立つ。
花音にとってのいつもの電車だ。電車の振動や音、車内アナウンスや周囲のざわめきは普段と変わらないのに、少し顔を上げるとつり革につかまった瑛司が目元を和らげてこちらを見ているのが、非現実的に感じる。
近いのに、何となく会話が憚られて、黙ったまま過ごした。
決して静かな環境ではないのに、不思議と穏やかな静けさを感じる時間だった。
電車を降りると、家まではバスに数分揺られるか、徒歩で行くかだったが、花音はここで瑛司の付き添いを断った。
さすがに近所の人に見られるのは恥ずかしすぎる、本当に大丈夫、ちゃんとバスで帰る、絶対に家に着いたら連絡する、と必死で言い募って、瑛司を渋々ながら納得させた。
花音が別れ際にお礼を言うと、瑛司が一瞬周囲を見回し、一瞬だけ花音の頭にぽすんと手を置き、
「気をつけてな」
と少し寂しそうに微笑んだ。




