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文化祭が終わって、三年生は完全に受験一色になった。
放課後開放されている自習室は、常に満員状態だ。
部屋に入ると、ページを開く音と筆記音くらいしかしない。
当たり前のことかもしれないが、今までに無い独特の、どこか緊迫したような空気が漂っていて、少し異様にも思う。
皆が競うように自習室に行くので、花音も最初は利用してみたが、その張り詰めた空気が苦手で自然と足が遠のいていた。
教室も完全下校時刻まで使えるので、残りたいときはそちらを使っている。瑛司も花音に合わせて、そして総合型選抜の準備や対策で進路指導室に行ったり来たりすることもあるからか、教室を使っている。
完全下校まで残るときは、同時に大勢が帰るので、人の波の中で花音は友達と話したり、時には瑛司を交えたりしながら駅に向かう。こんな風に、少しずつ、自然に、学校でも瑛司と話せるようにはなってきた。
そんなある日、花音は珍しく授業が終わった直後に一人で帰ることにした。生理二日目で、朝から下腹部が重だるかった上に、午後になって微かに頭痛を感じ始めたからだ。今日は残って勉強に集中できる気がしない。
体調が思わしくないので今日はもう帰ると瑛司にスマホで伝えると、送っていこうかと返事をくれたが、勉強していてほしいと断り、一人下駄箱に向かった。
靴を履き替えていると、華やかな話し声が聞こえ、後ろから、愛菜と美月がやってくる。
「あ、花音ちゃん!」
その声に、花音がさよならの挨拶だけしようと口を開くと、
「いいところにいた!ね、ね、聞きたいことがあるんだけど〜?」
と話しかけ、その後ろで美月がにこにこしている。
「どしたの?」
花音が聞くと、
「もしかして、瑛司と付き合ってる?」
キラキラの笑顔で直球が投げ込まれた。
瞬間、喉が、少し詰まったような感じがする。
「う、うん。少し前から」
思わず少し堅くなってしまった笑顔で返し、
大丈夫、中学時代のあの子たちとは違う。
と自分に言い聞かせる。
「やっぱそうなんだ〜!文化祭のときから、そんな気がしたの!」
「ねー!ちょっと雰囲気出てたもん」
そう言い合ってと、愛菜と美月は笑顔で目配せする。
「うらやましいな〜」
とストレートな言葉ではにかんだ美月が言うので、花音はドキリとする。
「みぃはねー、暁斗のこと超好きだから」
「もー、言わないでよー」
あっけらかんと友人の好きな人を本人の目の前で暴露する愛菜に、大して怒るでも慌てるでもない美月の様子に、花音は困惑して、
「そ、そうだったんだね」
としか言えない。
「瑛司の彼女なら、暁斗とも話すよね?暁斗がみぃのことどう思ってるかとか、聞いてないかなぁ?割とかわされちゃうんだよねぇ」
愛菜の言葉に、花音は必死で答える。
「うーん、そもそも私浅野くんとまだ一、二回くらいしか話したことなくて…。なんだかお役に立てなくて、ごめんね」
申し訳なさそうに言う花音に、
「浅野くん呼びかあ」
と、愛菜が呟き、
「全然!こっちこそ、急に変なこと聞いてごめんね!」
と、美月が照れ笑いで返す。
花音が、もうこれで、と思ったところで、愛菜が、
「ね、あとさ、瑛司のこと、どうやってオトしたの?」
と爆弾を投下してきた。
その瞬間、花音の胃のあたりが一気に冷たく重くなり、思わず手をやってしまう。
走馬灯のように、一瞬で、中学時代のことがフラッシュバックする。
ある日突然、いつも通り話しかけたクラスの女子に無視された瞬間の映像と衝撃。
『どうせ裏で媚びてんだろ、ブスのくせに』
『見せつけるみたいに話してんなよ。ウザすぎ』
『キモ』
すれ違いざまに後ろから小声で投げかけられた言葉。
花音は片手は下駄箱に、もう片手は胃に手をやったまま、真っ青になった。
「花音ちゃん?もしかして体調悪かった?」
「ちょっと!愛菜が変な聞き方するからじゃない?花音ちゃん、愛菜は瑛司のこと好きとかじゃないから、大丈夫だよ?」
その言葉に、ほんの少し体の力が抜け、
「だ、大丈夫、違くて、ちょっと今日二日目で」
と、かろうじて言い訳した。
「あ~、花音ちゃん、重いタイプ?」
と美月が言うと、
「瑛司今日まだいるよね?呼ぼっか?駅まで背負わせる?」
と愛菜がスマホを出す。
「全然、そんな、大丈夫!帰って薬飲んで大人しくしてればいいだけだから」
と、慌てて断った。
「じゃあ、うちらが駅まで送ってくよ!」
そう愛菜が言い、「うんうん!」と美月が花音の荷物を引き取ろうとする。
「え!悪いよ!全然大丈夫だから!」
「遠慮しないでいいよぉ。同じクラスの仲じゃん」
「でも…」
「じゃあさー、おしゃべりしながらゆっくり帰ろー?どうせ私たちも帰るとこだから、ね?もし一人で帰して花音ちゃんがうずくまってたら、うちら夢見悪いよー」
愛菜と美月が善意で申し出てくれるのは分かり、これ以上断りづらい。花音は狼狽しながらも、結局一緒に駅まで歩くことになった。




