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文化祭二日目は、あいにくの雨から始まった。
C組のアイス販売は、瑛司たちの販売時間は客足が少なかったが、花音たちの販売時間が始まった直後から、雨が上がって一気に晴れ上がり、暑さと湿度に、アイスを求める客が予想以上に増えた。
思った以上の行列ができてしまい、一花がクラス全体にスマホでメッセージを飛ばす。
『行列ヤバいです。手が空いてる人、行列対応と販売手伝いお願いします』
ほどなくして、数人が駆け付けてくれ、その中には先ほどまで当番だった瑛司と暁斗もいた。
瑛司は戻ってきてすぐ、一度だけ花音の脇に来ると、
「今日コンタクトなんだな」
とだけ言って微笑み、画用紙に「〇〇アイス最後尾」と書くと、すぐまた離れていった。
そして、瑛司と暁斗が行列を整理しに行き、ほかの女子たちが、販売窓口をもう一つ増やして対応する。
そうだった。
付き合うより前から、瑛司はこういう人だった、と花音は思う。
人が困っていたら、こうやって当たり前に手を伸ばして、スッと自分のやるべきことを見つけるのだ。
クラスでの活動で、そういう姿を去年だって目にしていたはずだったけど、「一軍男子近寄るべからず」と、勝手に自分で線を引いて、瑛司の存在丸ごと自分には関係ないものとしていた。
そう気が付いて、少し物思いに沈みかけた花音だったが、忙しさに、少なくとも今自分にできることをやろう、と販売に集中する。
その後、なんとか紅羽だけは彼氏が来る時間に抜けさせてやれたが、結局、花音も自分たちの時間をオーバーして手伝い続け、一般公開時刻終了よりだいぶ前に予定数が完売になった。
「あー、こんなことになるなら、最初からもうちょっと仕入れればよかったな」
「いや、余ってもめんどいし、これでよかっただろ」
片付けをしながら、中心メンバーがつぶやいた言葉に、暁斗が声をかける。
「まだお昼食べれてない人いるでしょ。ここはいいから、食べてきなよ」
お昼の後合流した愛菜たちが、気を利かせて声をかける。
そうして、怒涛の販売時間が終わり、気づくと瑛司と文化祭を周る時間は無くなっていた。
持ってきたお弁当で手早く昼食を済ませたところで、一般公開の時間は終わり、片付けと体育館での後夜祭、そして最後に校庭でファイヤーストームの時間になる。
この学校は、伝統的に二日目の夜、校庭に大きなやぐらを組んでファイヤーストームを行い、音楽をかけてその周りで踊ったり走り回ったりする。暑さ対策で水を撒いたり、最後に消火するためにホースで放水するのだが、みんな興奮状態になり、その水がまき散らされて濡れたり泥まみれになったりするので、最後まで参加する者はみな、クラスTシャツと汚れてもいいハーフパンツ、その下に水着を着ておくというのが伝統スタイルだ。
花音は一年生の時には右も左も分からず友達と参加したが、あまりの興奮に誰とも構わず引き摺りこむ人がいること、中心近くに引っ張られるともみくちゃになって危険で、最後までいるとシャワーも着替えも大変ということが分かったので、去年は巻き込まれないように外周で一花たちと汚れない程度にほどほどに楽しみ、完全に終わる少し前には帰り支度をしておく、のが自分にはちょうどいいと学んだ。
更衣室が混まないうちにと、後夜祭前に更衣室に着替えに行くと、
「花音、日野くんとまわれなかったでしょ」
「そうだよ、うちらはいいから、行っておいで」
と、口々にみんなが気を使ってくれる。
その言葉に甘えて、瑛司と連絡を取り、二人で過ごすことになった。
「花音、後夜祭出たい?」
合流してすぐ、瑛司が聞いてくるので、「帰らないのに、後夜祭に出る以外に何か選択肢あったっけ」と思いつつも、
「どっちでもいいよ」
と答えた。
「じゃ、こっちついてきて」
瑛司はそう言って、スタスタと先を歩いていく。
二人で会う時には、花音と手を繋ぎたがり、必ず横にいた瑛司が、先を行くのは少し不思議に思えた。黒く染まった瑛司の後ろ髪を見ながら考えてみれば、学校で二人になったのはこれが初めてだ。
瑛司は、皆が体育館に向かうために閑散とし始めた部室棟に向かう。開け放たれた運動部の部室の前は、たくさんの靴や備品が散らばり、汗臭いようなにおいと、制汗スプレーの混じったようなにおいで、つい顔を顰めてしまう。部活に入っていない花音は、ほとんど足を踏み入れたことのない魔窟のような様相に、どこか緊張してしまう。
瑛司は慣れているのか、全く動じず、そのまま二階の一番奥にまで進むと、古めかしい『茶道部・文芸部』と書かれた部屋を開け、花音を招き入れた。
「茶道部と文芸部なんて、あったっけ?」
狭い室内をきょろきょろと周囲を見回しながら、疑問を口にする花音に、
「いや、昔あったんだろ。少子化でクラスも減ってるし、こうやって余ってる部室がいくつかはあるんだよ」
と瑛司が言いながら、履物を脱ぎ、花音の手を引いて古めかしい畳が敷かれたところへ招き入れる。
「で、ここだけは鍵が壊れてるから、中に入れちゃうわけ。まあ、ドア開けられたら終わりだから、そうそう悪いことはできないけど。サボりに使う程度だよ。…あ、後夜祭始まったな」
外から聞こえる音楽に、一瞬視線を窓に向けると、瑛司は壁に寄りかかって座り、花音にも座るように手で促す。
「実質、生徒は来ないよ。ここ使ってるやつは限られてる」
「…さすがというかなんというか、手慣れてるねえ。同じ学校なのに、私の知らない世界」
妙に感心しながら、おずおずと少し離れたところに正座しようとした花音を、じれったそうに瑛司が引っ張った。
「ここ。ここ来て」
そのままくるりと花音を反転させ、自分の足の間に花音を座らせた。
「わわわっ!」
バックハグ。
色気のない、驚きの声が出ると同時に、赤面する。
瑛司は花音の後ろからお腹に手を回すと、
「大丈夫、誰か来たら足音で分かるから、すぐ離す」
と言って、花音の肩口におでこを乗せた。
「…今日もう二人でいられないかと思った」
耳元で、瑛司の声が掠れる。外からは、体育館から漏れた音楽と歓声が聞こえてくる。
体育館はすぐ傍なのに、どこか遠くに感じる。
「…うん」
花音は、自分のお腹に回された瑛司の手に、自分の手を重ねた。
「花音と全然二人で会えてない」
「うん」
瑛司がすりっと、額を動かす。
閉め切られた部屋が暑い。顔が熱い。
「もっと会いたいのに」
「うん」
「ははっ、『うん』しか言わない」
「うん」
うんしか言わない花音の表情を、瑛司が後ろから覗き込むようにして見る。
「だって、ドキドキしすぎて」
「嫌じゃない?」
いつものように、瑛司が尋ねる。
「嫌じゃないけど、汗ばんできちゃったから、ちょっと離れよ?」
さっき、更衣室で着替える時に汗拭きシートで拭いたのに、また体が汗ばんできてしまった。
「嫌じゃないならヤダ」
違うのだ。嫌じゃないけど、自分の汗のにおいが気になるのだ。
「だから違くて、汗が…」
伝え終わらないうちに、瑛司が花音のうなじに鼻をつける。
「ちょっ、変態!」
「花音、桃みたいな甘い匂いがするんだ。めちゃくちゃいいにおい」




