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朝、瑛司と二人だけの微妙に気まずい習慣が三日ほど続いた頃、クラスのカーストトップ女子の愛菜が休み時間にイヤイヤし始めた。
「もー、最近瑛司付き合い悪くない?暁斗からも言ってよー」
隣から聞こえてくる話によると、瑛司は春休みには一切遊ばず、学校が始まってからのこの三日も、放課後は解放されている学校の自習室に行くか、すぐに帰ってしまうらしい。
「だってよ、瑛司ー。てか俺らとも最近遊ばんよな」
「俺、マジで崖っぷちだから。春休み、親父に相当絞られた」
「マジか、確かに瑛司去年までクソやる気なかったもんなー」
「去年までの成績が死にすぎで、このままだと大学の金出してもらえんらしい」
「エグ。てかよくそこまで怒らせたな、逆に」
「じゃあ瑛司生まれ変わっちゃうの?」
「そ、俺、生まれ変わっちゃうから」
手元の参考書から目も上げずに、瑛司は雑に答える。
「えー、じゃあ私も生まれ変わっちゃおうかな」
「お前は元々そこそこうまくやってるだろ」
「えへへー、まーね。てか瑛司が尖りすぎてた説あるよね」
「それは言えてる。そういうとこ可愛かったんだけどな、瑛司は」
適当に流していた瑛司は耐えかねたのか、
「そろそろうるさいお前ら」
と言って、しっしと二人を追いやった。
そういうことらしい。
花音の席まで来ていた一花と会話しながら聞き耳を立てていた花音は、今年度に入っての瑛司の早朝勉強の理由を知った。
軽口もそこまでで、愛菜も暁斗も席に戻って行く。
ここは進学校なのだ。
勉強する者に対して誰も真剣に邪魔することはない。
そんな無粋な奴はいないし、もう、そんな時期でもないのだ。
その次の日も、また瑛司は花音より早くから教室で勉強していた。
「おはよ」
「はよ」
会話らしい会話は、あれ以降なく、挨拶だけで瑛司は勉強に集中している。
花音も電車通学に切り替えようか本気で悩んだが、電車の混雑や社交の煩わしさとこちらとを天秤にかけているうちに少しずつ慣れて来て、徐々に意識せずに済むようになってきていた。
一限目の現代文の教科書とタブレットPCを出しておいて、古文の単語帳を開く。
活用形を心の中で唱えるように読む。
少しすると、あ、という瑛司の声と同時にコロ、コツン、と花音の足元に瑛司の消しゴムが転がり落ちてきた。
ギッと椅子を引いて、消しゴムを拾ってやる。
「はい」
「わりぃ。サンキュ」
瑛司の方へ向いて手に乗せてやると、視線は花音の出した教科書に向かって、難しい表情をしている。
「あー、時田さんてさ、現代文得意だよね。いつも、テスト上位に名前載ってるし」
興味なさそうなのにそんなこと知ってたんだ、と意外に思うと同時に、一気に顔が赤くなる。
だめ!やめて!今赤くならないで!と心で命じるが、体は言うことを聞かない。
「なんかコツとかある?」
瑛司は、花音の顔の赤さなんて気にも留めずに、話を続けてくる。
「こ、コツ…。んと、現代文は、答えが本文にあるから、それをちゃんと読んで見つける、とかかな」
「え、なんか選択肢のハズレの外し方のテクニックとか、そういうんじゃなくて?」
「うーん、そういうのもあるかもだけど、それだけだと、こ、小手先というか」
「…遠慮がちに言うくせにメチャクチャ正論ついてくんじゃん」
「ご、ごめん」
「模試の時って、古文も漢文もある上に、文章量多くて選択肢熟考する余裕もなくない?そういうときはどうしてんの?」
「…私読むの速いから、それは困ったことないかも…」
「マジか」
「でも、その場合は確かに先に余計な選択肢削りたいよね。そしたら……」
結局、真剣に現代文の解き方講義になってしまった。
「あのさ、すげー申し訳ないんだけどさ、一回まとまった時間もらって教えてもらえん?恥を承知で」
簡単な現代文解き方講義のあと、瑛司は拝みながらそう言ってきた。花音は目を丸くして、
「え?」
と固まった。
「俺さ、現代文も何とかしなきゃなんだけど、なんかこれやれば伸びるって感じがなかなか掴めないっていうか」
「で、でも、そういうのは私みたいな素人より予備校とかプロの動画とかの方がよくない?」
「あー、俺今親父にキレられてて、もうお前に金使う価値ないって言われてるから、予備校とかは無理でさ。動画で勉強っつっても、今部屋にスマホとかデジタル機器持ち込みまで禁止されてんの。親世代、動画学習の理解ないわー。てか、俺が怒らせてんだけどね」
「そ、それはご愁傷様というか…」
グイグイくる瑛司に、タジタジになる。
こういうコミュ力があれば、どこでもやっていけるんだろうなと羨ましくも思う。
「うーん、もちろんタダでとは言わない!」
「え…な、なにも貰うつもりないし。それに、親のお金でしょ」
「確かに、養われてる身ではあるが、去年こっそりバイトしてた分があるから、ちょっとくらい奢れる」
ちなみに、この学校はアルバイト禁止のはずだ。
「イヤイヤイヤ…ほ、他の子は」
「常に現代文学年五位以内の時田さんに敵う友達はいない」
答えに窮した花音に、瑛司はたたみかけた。
「…これ言ったら悪いかもだけどさ」
それまでの雰囲気からより一層真剣な顔になって、瑛司は急に立ち上がり、花音の顔を覗き込むと、花音の右手首を掴んだ。
「赤面症、治したくない?」
途端に、花音の頭にカッと血が昇る。
困ってタジタジで、身体の中でぐるぐる回っていただけの感情が、怒りという結論を迎えて、一気に体の中を駆け上がる。
「なっ、ひど」
瑛司が花音の手首を掴む力がグッと増した。
「違うんだ、聞いて。馬鹿にしてない。俺の姉ちゃんが、赤面症だった。でも、治った。だから、話聞いてきて、伝えられる。ネットの誰だか本当だか分からない体験談とか、AIの回答よりリアルだろ?なんなら、訓練とか必要なら付き合うし」
「……」
花音の怒りに被せるように続ける瑛司の言葉に、昂った怒りの感情がぶつけられず、また体の中をぐるぐると駆け回る。
「ふざけて言ってるわけじゃないから。傷つけるつもりもなくて…ごめん、俺切羽詰まってて」
遠くから、誰かの足音が聞こえてきた。
「返事、LINEで貰っていい?クラスのグループLINEから、時田さん探して俺から送る。考えてみて」
そう言うと、瑛司は手を離して席に戻った。




