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初めての投稿です。花音と瑛司の2人を、悶えながら暖かく見守っていただけるとうれしいです!

 高校生活最後の一年が始まった日、花音(かのん)は去年までと同じように、誰もいない教室に一番乗りするものと思っていた。 


 家から高校までは、バスと電車を乗り継がなくてはならない。けれど、母の通勤路の途中にあるので、朝だけは母の時間に合わせて車で最寄り駅まで送ってもらうのが習慣になっていた。


 朝早いのは少しつらいが、花音にとって、この誰もいない朝の三十分は大切な時間だ。 

 静かな空気のなかで、読書をしたり、予習や宿題が間に合っていない分に取り組んだり、気分が乗らない日には、イヤホンで音楽を聴いたり、SNSをダラダラ見たりする。そのうちに、パラパラと同級生が登校し始め、電車の時間に合わせて、賑やかに教室が埋まっていく。授業が始まる。そんないつもの一日に、ゆっくり自分をチューニングしていける貴重な三十分なのだ。 


 それはクラス替えのない三年生になったところで当然続くものと思っていたのに、その日、花音より先に教室に来ている人がいた。 


 え。日野瑛司(えいし)。


 花音の高校は自由な校風だが、それにしてもコロコロ変わる彼の髪色は大体派手で、今はシルバーがかっている。

 毎朝アイロンでストレートにして、毛先だけを少し巻いた黒髪ロングに眼鏡の花音とは真逆の印象だ。

 コロコロ色を変えていても、独特の雰囲気があって一発で分かる。


 教室の入り口一歩手前で瑛司に気づいた花音は、一瞬固まった。花音の席は、瑛司の席の向こう隣り。挨拶くらいはしないと、他に誰もいない教室で黙って隣の席に座るなんて逆に気まずい。


 花音は心の中でため息を一つついた。

 挨拶一つするにしても、しないにしても、花音にはものすごいエネルギーが必要なのだ。

 去年はチャイムギリギリか遅刻やサボりもするようなタイプだったのに、なぜこんな朝早くから登校しているのだろうか。


 とにかく、普通に。普通に。誰にも何も気に留められたり、変な誤解をされたりしないような大きさと平坦なテンションで。可もなく不可もなく。一言。最低限。


「おはよ」 

 瑛司の後ろを通りすがりに、取り繕った平坦な声を掛ける。

「…はよ。時田さん、早いんだ」 

 ノートに書き込む手を止めて、瑛司が返事を返してきた。

「うん、お、親の都合で、大体いつも」 

 瑛司の方は見ずに、リュックを下ろして、まるで中身を探すようなふりをしながら座る。

 心臓がバクバクする。

 赤面症の顔を自然に横髪で隠すように、でも、そんな自分に気づかれないように祈りながら顔を下に向ける。


「そか」

 そう言うと、瑛司はまたテキストに向かい始めた。  

 気まずい。 


 いつもは狭く感じる教室も、二人しかいない上に、隣。よりによって、隣。机と机の間は人一人通れるくらいしか空いていない。

 花音は耐えられなくなってスマホだけを持ち、そっと席を外した。



 次の日も、その次の日も瑛司は朝から勉強していた。


 もう、私だけの穏やかな三十分は、終わってしまったんだ。


 図書室はまだ開いていない。校舎をフラフラと歩いて時間を潰すにも限界がある。

 明日からは母の車に乗らず、電車で登校するべきか。でも、それはそれで煩わしくて、またため息が出そうになる。


「おはよ」

 平静を装った挨拶をしながら席につくと、瑛司が昨日と同じように手を止めて顔を上げた。

「はよ」


 花音は、一旦座ってリュックを机の横にかけると、スマホをいじり始めた。

 何となくSNSを見て、スマホを見ながら何か思いついたように自然に席を立とう。避けているみたいに思われないように、自然に。


 しばらくして、花音が席を立とうと腰を上げると、

「…もしかして、気ぃつかわせちゃってる?」

と、瑛司が声をかけて来た。

「え?」

 やっぱり、バレた。逃げてるのバレてる。

「そ、んなことないけど」 

 めっちゃ、気まずい。 

 花音の心より先に反応した赤面が、首まで拡がるのを感じる。


「あ、違った…?俺、自意識過剰か。はっず」 

 その言葉に、え、と、赤い顔のまま瑛司を見ると、瑛司も口元に手をやっていて、心なしか、ほんのり赤みががった顔をしているような気がする。

「い、いや、違、えっと、その日野くんの自意識過剰じゃ、ない。です……。あ」 

 反射的に花音の口から出たフォローの言葉は結局、自爆の道を選んでいた。 

 まさかの、「そうです、私気を使ってました」宣言になってしまった自分の発言に愕然とする。 


 だから、嫌なんだ。会話が壊滅的に下手で。

 そもそも、花音は男子と話し慣れない。高校では静かに暮らそうと思って、ほとんど男子と話して来なかったツケが、こんなときに回ってくるのだ。


「俺、図書室行くよ」

 瑛司はそう言いながら席を立ちかけたので、焦った花音は、

「いやいやいやいや、いいの、いいです!大丈夫、てか、空いてないから!」

 と、咄嗟に瑛司の服の裾を押しとどめるように掴みかけてしまい、そんな自分の行動に驚いてパッと手を戻した。  

「え?そか、まだ図書室空いてないんだ」


 何やってんの、私!


「じゃ、使えそうな空き教室さがすよ」

「そ、それは気まずい!追い出したみたいで!」

「…じゃ、別の、暁斗の席とかでやろうかな」

「…そ、それなら私が一花の席とかで」

「いや…」 

 二人の間に気まずい空気が流れた。


「…あー、じゃ、変に意識するのもなんかアレだし、どうせそのうち席替えあるでしょ。それまで、」 

 そう言って、瑛司は立ち上がりかけていた席に座り直した。

「ま、お互い変な気ぃ使わず勉強に集中しよ。俺ら受験生だし」

「そ、だね」

「ありがとな」 

 瑛司は、ニッと笑ってまた勉強に戻った。 


 花音はあいまいに笑って返すと、仕方なく座って、イヤホンを付けて英単語アプリを起動した。

 大量の英単語の音声が、脳内を何の意味もなさずにただ通過していった。

 



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